言う

【いう】動詞

使い分けの視点

「言う」は引用の「と」を受け、音量や態度を加えず台詞を透明に支える基本動詞です。「話す」は内容の展開、「述べる」は改まった説明、「告げる」は重要な情報の伝達を強めます。基調を無色に保ち、特別な場面だけ具体的な発話動詞へ替えます。

同義語

同品詞の類義語

話す
述べる文芸的
口にする

類義句

同品詞の慣用的言い換え

声に出す
言葉を紡ぐ文芸的
口を開く

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

鐘を鳴らすような文芸的
糸を繰るような文芸的
詩を詠むように文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

はっきりと
ぽつりとcolloquial
静かに

体言的言い換え

用言を体言に変換

発言
言辞文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

口を開く
語る文芸的
告げる文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

何も足さないエッセイ関連

例文: 台詞の後へ無色な動詞を置くことで、語り手は声量も感情も何も足さないまま読者へ渡した。

引用の「と」に支えられて——何も足さない動詞の文法

「文句を言う」は自然なのに「言葉を言う」はどこか据わりが悪い。「礼を言う」「無理を言う」は通るのに、「文章を言う」とは言いにくい。この動詞が目的語として素直に受け取れるのは、発話の内容そのものというより、発話の類型を名指した名詞——文句、礼、冗談、嘘——に偏っています。他動詞の顔をして立っているのに、目的語の枠はかなり狭い。では中身はどこに入るのかというと、格助詞ではなく「と」で標示された節に入ります。この動詞の構文上の重心は、目的語ではなく引用節にある。ここを押さえると、後の振る舞いがきれいに揃います。

引用の「と」には、日本語らしい性質があります。「明日行くと言った」の「明日」と「行く」は、引用された当人の視点のまま残る。英語で同じ内容を間接話法にすると、時制が一段繰り下がり、人称も語り手の側へ引き寄せられます。日本語の引用節は、内部の時制と人称を独立に保つ——直接引用と間接引用の境目が、そもそもはっきりしないのです。だから小説の地の文で、鉤括弧を使わずに人物の言葉を流し込む書き方が、無理なく成立します。誰の視点で書かれた「明日」なのかを読者が自然に処理してくれるのは、この構文の性質のおかげです。

さらに先へ進むと、この動詞は実質を失っていきます。「という」の形は典型で、「〜という噂」「〜ということ」までは発話の残り香がありますが、「東京という街」に至ると誰の発話でもない。名詞と名詞を、あるいは節と名詞を接続するだけの装置になっています。実質語が機能語へ変わるこの過程は文法化と呼ばれ、変化が進むと語形も摩耗します。話し言葉の「っていう」、さらに縮んだ形。意味が薄くなるほど発音も短くなるという対応は、多くの言語で観察されている傾向です。

もう一つ、この語は敬語の体系で特別扱いを受けています。尊敬には「おっしゃる」、謙譲には「申す」と「申し上げる」という、語形の似ていない専用の動詞が用意されている。同じ発話系でも、たとえば「話す」には専用形がなく、「お話しになる」のように規則的な形で作ります。高頻度で使われる語ほど不規則な形を保存しやすい、というのは言語一般によく見られる現象で、英語の be 動詞や go の過去形もその例に挙げられます。専用の敬語形を三つも抱えているという事実そのものが、この動詞が日本語の中で負っている仕事量の証拠だと言えます。

創作の現場では、この文法的な無色さが実用になります。台詞のあとに置く「と言った」は、音量も速度も態度も指定しません。だから読者の目に引っかからず、台詞そのものの声が残る。囁いた、吐き捨てた、絞り出した——こうした語は情報を足しますが、足した情報は台詞の解釈を先回りして決めてしまい、読者が自分で聞き取る余地を削ります。基調を透明な動詞で通しておいて、一場面に一度だけ別の語へ落とす。そのとき初めて、落とした一語が読者の耳に届きます。この動詞のいちばんの働きは、何も足さないことだ。

文: hakadoru.ai 編集部

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