得も言われぬ

【えもいわれぬ】形容詞句

使い分けの視点

「形容しがたい」「名状しがたい」は分類や命名の困難、「筆舌に尽くしがたい」は文章にも言葉にも収まらない強度、「口に出せぬ」は事情や禁忌による沈黙です。「得も言われぬ」は古風で肯定的評価に寄りやすいため、具体を示した後の断念として置くと格調と説得力が出ます。

同義語

同品詞の類義語

言葉に尽くせぬ文芸的
形容しがたい
筆舌に尽くしがたい文芸的
名状しがたい文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

言いようのない
口に出せぬ文芸的
表しようのない

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

夢のような
幻のような文芸的
雲を踏むような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

言葉なく文芸的
ぼうっとcolloquial
形容しがたく文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

言葉を奪う文芸的
口を閉ざさせる文芸的
形容を許さぬ文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

言葉にならぬ趣文芸的
名状しがたい余韻文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

魂を奪うほど美しい文芸的
言葉を喪うほどの文芸的
口に出すのが惜しい

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

具体のあとで断念するエッセイ関連

例文: 香りと温度と光を描き、語り手は具体のあとで断念することで奇跡の余白を残した。

断念を定型にした言い回しは、どの層で使われているか

香りや味を評価する専門の場では、言語化を極限まで押し進める語彙が育ちます。柑橘、湿った土、焼いたパン。対象を分解し、既知の別の対象へ写して名指していく。専門語の設計思想は、名づけられないものを減らすことにあります。その反対側に、日常語のほうが用意している定型がある。言語化を断念したことを、わざわざ言語化して伝える型です。断念を語彙化するというのは、考えてみると奇妙な仕事で、しかもその型が一つや二つではなく、いくつも並んで生き残っている。

この言い回しの内部は、現代語の文法では分解しにくい。「得」は可能を表す副詞で、「言われぬ」の「れ」も受身ではなく可能です。可能を二重に立てたうえで否定している構造で、いまの口語ならひと言「言えない」で済む。済むのに残っているのは、意味の合成として毎回組み立てられているのではなく、塊のまま継承されているからでしょう。分解されない語形は摩耗しにくい。部品として意識されなくなった瞬間に、その語は語形の変化圧から降りることができます。文語の断片が現代の文章に生き延びるとき、たいていこの形をとる。

位相としては、話し言葉にはまず現れません。書き言葉、それも文体の格を一段上げた層に限られる。だから使えば、内容とは別の情報が乗ります——語り手はこの層の語彙を持っている人物である、という情報です。役割語ほど固定的ではないにせよ、話者の教養や年齢、あるいは語りの時代が、書き手の意図と無関係に指定されてしまう。近代小説の地の文には馴染むのに、現代を舞台にした一人称の語りへ置くと、その人物が急に別の場所から喋りはじめたように読める。位相のずれは、意味の誤りより目立ちます。

ここで、専門語と日常語を対立させた最初の図式を疑っておきたい。専門家は言語化し、素人は断念する、という整理は据わりがよすぎます。実際には逆の場面が珍しくない。ある領域を長く見てきた人ほど、既存の語彙ではこれは掬えない、と言う。断念は語彙の不足の告白ではなく、対象がこちらの分類体系より細かいという主張でありうる。この言い回しが古風でありながら死んでいないのは、その主張の機能を担い続けているからかもしれません。専門語彙の増殖と、断念の定型の存続は、対立ではなく分業に見えてきます。

評価の方向が偏っていることにも触れておきます。この型は肯定的な評価に強く傾いていて、不快なものに使うと座りが悪い。文法的に禁じられているわけではないのに、実際に書いてみると皮肉としてしか読めない。断念のかたちをとりながら、実際には高い評価を伝えている。含みの方向が固定されている以上、中立の描写語としては使えません。

実務としては、置く位置が全てです。この言い回しが出た瞬間、書き手は描写を放棄する許可を自分に与えることになる。放棄が説得力を持つのは、放棄の前に十分な観察が積まれているときだけでしょう。具体を三つ書いてから断念すれば、読者は語り手が力を尽くしたと受け取る。いきなり断念すれば、書けなかっただけだと受け取られる。

文: hakadoru.ai 編集部

エディタで直接置換して執筆を加速

SaaS エディタではシソーラスの結果をワンクリックで本文に反映できます

無料で始める →