言い換えれば

【いいかえれば】接続詞

使い分けの視点

「言い換えれば」は前の説明を別の座標へ移し、後ろの表現を本命として提示します。「つまり」は圧縮、「別の見方をすれば」は視点の変更、「わかりやすく述べれば」は難度の調整を明示します。他人の発言を引き取る際は、要約の権限を奪わない疑問形も使います。

同義語

同品詞の類義語

別言すれば文芸的
換言すれば文芸的
別の言葉で言うと
別の見方をすれば

類義句

同品詞の慣用的言い換え

つまるところ文芸的
別の角度から見れば
つまりcolloquial

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

敢えて言うなら文芸的
わかりやすく述べれば
ぶっちゃけcolloquial

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

要約の権限エッセイ関連

例文: 委員長は要約の権限を奪わぬよう、「この理解で合っていますか」と発言者へ返した。

要約権はだれのものか——引き取る接続詞の力学

長い説明が終わりかけたとき、別の出席者が口を開く。「言い換えれば、コストの問題ですよね」。内容として間違ってはいません。それでも、この瞬間に何かが起きています。三十分かけて積み上げられた説明が一文に折り畳まれ、その一文の作者は、もとの話者ではなく引き取った側になった。以後の議論はこの短い版を土台に進み、折り畳みからこぼれた部分は、なかったことになる。この接続表現は、単なる論理の蝶番ではなく、会話の中で小さな権力装置として働きます。

語用論の目で見ると、この語を置くこと自体が一つの判定を含んでいます。すなわち「直前の言い方のままでは足りない」という判定です。自分の発言に対して使えば自己修復であり、分かりにくくてすみません、という謙遜の身振りで済む。ところが他人の発言に対して使うと、あなたの言葉は私が整理したほうが伝わる、という含みが避けがたく発生します。丁寧さの理論が言う、相手の面子への接触です。だから慎重な聞き手は同じ操作を「〜という理解で合っていますか」と疑問形に開いて、判定の権限を相手の側へ返します。同じ内容の要約でも、断定と疑問とでは、部屋の空気の動き方が違う。

もう一つの含みは、等価の建前です。この語は「前の文と次の文は同じ内容だ」と宣言しますが、厳密に等価な言い換えは、まずありません。抽象度が変わり、焦点が移り、細部が落ちる。そして話し手の本命は、ほぼ例外なく言い換えの後ろ側に置かれています。前段は助走で、この語のあとが着地。聞き慣れた人はそれを知っているから、この語が聞こえた瞬間にペンを持ち直し、あとの一文だけをメモします。「つまり」が圧縮だとすれば、こちらは変換——同じ荷物を別の座標系に載せ換える操作で、載せ換えのときに必ず何かがこぼれるのです。

書き言葉になると、相手の顔が見えないぶん、この操作は別の危うさを帯びます。読者へ言い換えを差し出す書き手は、直前の自分の一文が届かなかったと想定している——その想定は、読み手の理解力をどう見積もっているかの表明として、そのまま表に出てしまう。専門誌の原稿で連発すれば過保護に映り、入門書で一度も使わなければ不親切に映る。適量は想定読者によって動くので、規則にはできません。判断の手がかりになるのは、前後で抽象度が動いているかどうかです。動いていなければそれは言い換えではなく反復で、読者は同じ坂を二度登らされることになる。逆に、契約書や規約のように語の定義が効力を持つ文書では、この語は避けられます。同じ事柄に二通りの表現が並べば、どちらが正文かという争いの種になるからです。

小説でこの語を活かすなら、意味の接続としてではなく、関係の描写として使うのが早道です。会議や取調べや家族の口論で、誰が誰の発言を引き取って言い換えるかを追うだけで、その場の序列と同盟関係が描ける。頻繁に他人の話をまとめたがる人物、まとめられてばかりの人物、まとめを疑問形でしか出せない人物。台詞の中身を一行も説明せずに、力学だけが伝わります。逆に地の文で多用すると論説の匂いが立って物語の速度が落ちるので、この語は登場人物に持たせて、作者は手放しておくのが得策です。

文: hakadoru.ai 編集部

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