言うまでもなく

【いうまでもなく】接続詞

使い分けの視点

「言うまでもなく」は、口に出すという最も安い確認手続きさえ不要だと判定する強い接続表現です。「周知の通り」は知る人の範囲、「当然ながら」は話者の規範的判断を示します。共有知識を過大に見積もると読者を外すため、人物の共同体や傲慢さを描く台詞に向きます。

同義語

同品詞の類義語

もちろん
無論文芸的
当然ながら
むろん

類義句

同品詞の慣用的言い換え

言うに及ばず文芸的
言わずもがな文芸的
言わずと知れた

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

申すまでもなく文芸的
そりゃそうだがcolloquial
周知の通り

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

最も安い確認エッセイ関連

例文: 話者は最も安い確認すら不要だと決めたが、新人には前提が一つも共有されていなかった。

最も安い手続きを却下する——「までもない」の梯子の一番下

「聞くまでもない」「調べるまでもない」「行くまでもない」「確かめるまでもない」。同じ鋳型から、いくらでも作れます。動詞に「までもない」を付けると、その動作を実行するだけの必要がない、という判定になる。ただ、この一族のうち文頭に据わって接続の役までこなすものは一つしかありません。「調べるまでもなく」を文頭に置いた文には、調べうる誰かと調べうる対象が背後に要ります。ところが「言うまでもなく、日本は島国です」に、実際に言う人は登場しません。同じ鋳型で作られながら、一つだけが動作主を失って、文と文をつなぐ部品になっている。

なぜその一つだったのかは、鋳型の中身を見ると見当がつきます。ある命題を確立するために取りうる手続きを、かかる手間の順に並べてみる。出かける、調べる、考える、聞く、そして口に出す。この順序のいちばん下に来るのが「言う」です。「まで」は順序づけられた列に上限を打つ助詞で、「も」はその上限より下にも点があることを前提として引き受け、「ない」が到達を打ち消す。つまりこの句は、最も安い手続きすら閾値を超えている、と宣言している。含意は順序に沿って一方向に流れます。言う必要すらないなら、調べる必要も出かける必要も当然ない。逆は成り立ちません。調べるまでもない事柄が、口に出す価値を持つことはいくらでもある。一族の中で最も強い主張だから文頭の宣言に耐えた——因果をそこまで断定する材料はありませんが、強度の順位そのものは並べれば見えます。

強度の話は、似た役回りの語との違いにも直結します。「明らかに」が採点しているのは命題の見えやすさで、「周知の通り」が指しているのは知っている人の集合です。どちらも対象は命題の側、あるいは読者の側にある。この句だけが、命題でも読者でもなく、発話という行為そのものを採点している。だから独特のねじれが残ります。言う必要がないと宣言する手段が、言うことなのですから。「明らかに」にこの自己言及は起きません。命題に形容詞を一つ足しているだけで、足す行為自体は査定の対象になっていない。

非対称は程度の付き方にも出ます。「かなり明白だ」「ほぼ明らかだ」とは言えるのに、「少し言うまでもなく」「かなり言うまでもなく」とは言えない。閾値に届いたか届かなかったかは二値で、届かなさに大小はないからです。順序の上に打たれた線を否定した表現は、その線より上を持ちません。上がないので、比較級も最上級も作れない。同じ語幹でも、述語として使う「それは言うまでもない」のほうは普通の否定文としてふるまい、否定を重ねることも条件節に入れることもできます。文頭へ移した形だけが、動作主も程度も条件も失って固まった。この句が語調として重く感じられるのは、控えめな言い換えの余地を構造的に持たないためだと考えられます。

書く側にとって、これは扱いの難しい部品です。地の文で使えば、読者との共有範囲を最大値で見積もったことになり、外した読者は自分が何を知らないのかも分からないまま置き去りになる。登場人物に言わせる場合は事情が変わって、その人物が想定している共同体の輪郭が一行で描けます。専門家が門外漢に向けて口にする場面ほど、この見積もりの傲慢さが露出するものはありません。運んでいるのは事実ではなく、事実を確立する手間の見積もりです。見積もりを間違えた台詞は、話者の人物像をこちらの意図より正確に伝えてしまいます。

文: hakadoru.ai 編集部

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