それはそうと

【それはそうと】接続詞

使い分けの視点

台詞の中に置かれた話題転換は、地の文の交通整理とは別のものになり、誰がどの話題からどちらへ舵を切ったかという演技になります。この語は前半で直前の話題をいったん受け止め、後半で別の方向へ舵を切る二段構えです。受けてから逸れる段取りのせいで、話し手が前の話題をまだ意識していることがかえって漏れます。逸らされた話題には回収の期待が発生し、一度棚上げされた話は読者の記憶に貸方として記帳されます。置く位置と前の間で、動機まで伝わる語です。

同義語

同品詞の類義語

ところで
話変わってcolloquial
閑話休題文芸的
話は飛ぶが

類義句

同品詞の慣用的言い換え

ふと思い出したが
話は別になるが
余談ながら文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

そういえば
ちなみに
あ、そうそうcolloquial

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

回収エッセイ関連

例文: 彼が逸らした話題は、どれもあとの章で回収された。回収は静かだったが、読者は誰もそれを見落とさなかった。帳簿が合う音が、紙の上でしていた。

手形エッセイ関連

例文: 話題を逸らす台詞は、約束手形を切ることに近い。彼の「それはそうと」は、いつも期日どおりに支払われた。だから聞き手は、棚上げを怖がらなかった。

逸らした話題は戻ってくる——台詞の中の舵の切り方

喫茶店で向かい合う二人を想像してください。片方が思い切って借金の話を切り出します。相手はカップをソーサーに戻し、窓の外へ目をやってから、それはそうと、と口を開きます。この瞬間、読者の側で小さな事件が起きています。逸らされた話題は消えるのではなく、宙に留まったまま存在感を増していきます。話題転換の言葉は、地の文に置けばただの交通整理の標識ですが、台詞の中に置いた途端、演技に変わります。誰が、どの話題から、どちらへ舵を切ったのか。その記録がそのまま人物の描写になるのです。

この語は二段構えの設計を持っています。前半で直前の話題を「そう」といったん受け止め、後半で別の方向へ舵を切ります。前置きなしに無関係の話へ飛ぶ型の転換語とは、この手続きの有無が違います。受けてから逸れるという段取りを踏むせいで、話し手が前の話題をまだ意識していることが、かえって漏れてしまいます。隠そうとして隠しきれないものを運ぶ器だと言えます。人が会話で話題を変える動機は、おおよそ三つに分かれます。都合が悪いか、照れくさいか、本当に別のことを思い出したかのいずれかです。どれに当たるかを地の文で説明せず、前後の仕草と間だけで読者に判定させられたなら、その会話の場面は書けています。

逸らされた話題には、回収の期待が発生します。舞台の壁に銃を掛けたら撃たなければならない、という劇作の古い教えと同じ力学です。一度言及されて棚上げされた話題は、読者の記憶に貸方として記帳され、数場面のちに戻ってきたとき、読者は伏線の回収に立ち会った満足を覚えます。逆に回収されないまま物語が終われば、小さな未払いとして残ります。話題を逸らす台詞を書くことは、約束手形を切ることに近い。連載の長い作品では話数が離れるほどこの帳簿は忘れられやすいので、回収の場面に短い反復を置いて残高を思い出させる補助線も要ります。振り出した覚えのない手形が乱発されていないか、推敲の段階で会話を洗い直す価値はあります。

置く位置にも設計の余地があります。相手の言葉に間髪を入れず被せれば、動揺や拒絶が前に出ます。沈黙を一拍挟んでからなら、迷った末の決断に見えます。湯呑みを置く、鞄の中を探るといった仕草を挟めば、時間を稼いだことまで伝わります。同じ一語でも、直前の間の長さと埋め方で意味が変わる——接続詞そのものではなく、その手前の呼吸が演技の本体だと言ってもいいくらいです。

注意したいのは、場面転換の蝶番としての濫用です。書き手が次の情報を出したいがために人物に話題を変えさせると、会話が作者の都合で動いていることが透けて見えます。逸らす必然性は、常に人物の側に置きます。あの場面でなぜ彼は借金の話から逃げたのか——その答えを作者だけが知っていれば、転換の一語が性格の描写に変わります。人物が何を言ったかではなく、何から逃げたかを記録する語。そう捉え直すと、そ・れ・は・そ・う・と の六拍の使いどころは自然に絞られてきます。

文: hakadoru.ai 編集部

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