息を切らして

【いきをきらして】副詞句

使い分けの視点

「息を切らして」は、走行や焦りで呼吸が乱れた状態を、次の動作の背景として示します。「肩で呼吸して」「胸を上下させて」は見た目、「喘ぎながら」「喘鳴の趣で」は苦しさ、「息を弾ませて」は期待や喜びにも向きます。人物がなぜ急いだのか、どの長さなら話せるのかを身体に沿って描きます。

同義語

同品詞の類義語

肩で呼吸して
息を弾ませて
呼吸を乱して
喘ぎながら文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

肩で大きく息をして
苦しげに呼吸して文芸的
胸を上下させて

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

ぜいぜいとcolloquial
はあはあとcolloquial
荒々しく

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

喘いで文芸的
息が上がって
呼吸を弾ませて

体言的言い換え

用言を体言に変換

息切れの調子で文芸的
喘鳴の趣で文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

胸を喘がせ駆け込んで文芸的
肩で大きく息をしながら
苦しげに呼吸しながら文芸的

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

尽きた息で告げる知らせエッセイ関連

例文: 尽きた息で告げる知らせは短く、それでも村人を堤防へ走らせた。

鼻と心、そして尽きる在庫

「自」という漢字は、もともと鼻をかたどった象形だと考えられています。自分を指すとき日本語話者が鼻を指すのは、この字源とは無関係な偶然でしょうが、並べてみると妙な符合ではあります。その「自」の下に「心」を置いたのが「息」で、鼻を通る気と胸の内側の動きを、一字に組み合わせた形です。呼吸を心臓の隣に置いた構成になっている。生理学的な正しさの話ではなく、古代の造字者が呼吸をどこに属するものと見ていたかの記録として読むと、この一字はよくできています。呼吸は動作であると同時に、内面の状態でもある——その両義性が、字の形の段階ですでに埋め込まれている。

漢語の中でこの字を追うと、意味の幅は呼吸だけに収まりません。利息の息は増えること、子息の息は生まれ育つものを指します。呼吸が、生み出す・殖えるという方向へ広がっている。ところが同じ字が、休息では「やめる」「休む」の意味になる。続くことと止まることが、一字の中に同居しているわけです。矛盾しているようですが、呼吸は吐いていったん止まり、また始まるものだと考えれば、両方向とも同じ観察から出てきたと見ることはできます。増殖と停止を同居させた字は、そう多くありません。

和語の「いき」のほうは、事情がもう少し不確かです。「生く」と同源とする説がありますが、定説として固まってはいません。「いきどおる」「いきむ」といった、息と関わりのありそうな語群を並べたくもなりますが、語源の推定を並べ方の印象で決めるのは危険です。ここは、複数の説がある、という以上には踏み込まないでおきます。確実に言えるのは、この語がきわめて古い層に属し、複合語をつくる力を長く保ってきたということくらいでしょう。むしろこの表現で目を引くのは、後半のほうです。

「切らす」は「切る」から派生した他動詞ですが、この形になると意味の重心が動きます。刃物で断つのではなく、蓄えが尽きるほうへ寄る。品を切らす、しびれを切らす、期限が切れる。どれも、あったはずのものが底をつく事態を指しています。つまりこの表現は、呼吸を在庫のように扱う語法です。体内に一定量の息が蓄えられていて、走れば減り、やがて残高が尽きる。生理学的には呼吸は循環であって備蓄ではありませんが、日本語はここで備蓄のモデルを採用した。息が上がる、息が続かない、といった周辺の言い方も、同じモデルの上に乗っています。

そして最後に「て」が付いて、この句は副詞的な従属節になります。「息を切らして駆け込んだ」では、主たる出来事は駆け込むことで、切らすほうは同時進行の状態として後ろへ退く。もし「息を切らした。そして駆け込んだ」と分ければ、二つの出来事が並列し、テンポは目に見えて落ちます。字源から在庫の比喩まで来たあとで、実務上の要点として残るのは、この一字の接続助詞です。同じ生理現象が、接続の形ひとつで主役にも背景にもなる。走ってきた人物を書くとき、決めるべきなのは語彙よりも先に、その呼吸を前景に置くかどうかです。

文: hakadoru.ai 編集部

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