覚悟

【かくご】名詞

使い分けの視点

覚悟は結果が確定した後ではなく、起こりうる結果を知って引き返す権利を先に手放す状態です。「決めた」と要約するより、鍵を返す、持ち物を減らす、行き先を告げるなど退路を一つずつ閉じる所作を置くと伝わります。勇ましさだけでなく、履歴が残る怖さも描けます。

同義語

同品詞の類義語

決意
心構え
文芸的
観念文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

退路を断つ思い文芸的
命を預ける心文芸的
引くに引けぬ構え

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

鋼のような
戦場に赴くような文芸的
橋を焼くような文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

腹を据える
受けて立つ
命を懸ける文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

腹づもりcolloquial
気構え
用心
腹積もり

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

退路を潰すエッセイ関連

例文: 討論会へ出る前に、彼女は匿名を捨てて本名を公表し、自ら退路を潰す。

prepare と commit のあいだ

バージョン管理システムやデータベースで、変更を確定させる操作を commit と呼びます。日本語の技術文書はこれを訳さず「コミットする」と書くことがほとんどで、定訳がないまま定着しました。では訳すとしたら何になるでしょう。「確定」では事務的すぎ、「決定」だとまだ引き返せそうに見えます。候補を並べているうちに、意味の重心としては「覚悟」が一番近いのではないかと思えてきて、そこで手が止まりました。近いのに、実際に置き換えてみると明らかにおかしい。近さの理由と、おかしさの理由が、どうも同じところにある気がします。

ずれの所在を探すと、時点の問題に行き当たります。トランザクションのコミットは処理の末尾にあり、それが成功した瞬間から、その変更はもうロールバックできません。つまり不可逆性が生まれるのは操作の後です。ところが日本語のほうは、着手の前に置かれます。分散システムには二相コミットという手続きがあって、本当に確定させる前に、各参加者へ「準備はできたか」と問い合わせる段階があります。ここで準備完了を返した参加者は、以後、自分の判断で中止することができません。まだ何も確定していないのに、引き返す権利だけを先に手放している——この前半の段階のほうが、語感としてはよほど近いように思えます。

語のほうの来歴を見ると、もとは仏教語で、迷いを離れて真理を覚り知ることを指しました。それが中世以降、死を含む事態をあらかじめ予期して心を定める意味へ移っていきます。「覚悟の上」という言い方に古い層が残っていて、これは決意の表明ではなく、すでに知っていたという情報の申告です。何かを新たに決めたのではなく、起こりうる結果の分布を先に受け取っている状態——予期が先にあり、意志はその後から付いてきます。着手前に置かれるのは、そのためだと考えると筋が通ります。

ただ、ここで自分の観察に異議を唱えておきます。不可逆性だけで説明しきれるでしょうか。世の中には取り消せる操作のほうが多く、それでも人は書き始める前に身構えます。むしろ効いているのは、追記だけを許す設計のほうかもしれません。過去の記録を書き換えず、訂正すら新しい行として足していく形式では、間違えて取り消しても「取り消した」という事実が残ります。消えないのは変更ではなく履歴です。引き返せることと、引き返した跡が残らないことは別で、身構えを要求するのは後者のほうだと考えると、取り消し可能な場面での緊張も説明がつきます。

そう見てくると、物語の中でこの心の状態を書く手も変わってきます。「決めた」と一行書くだけでは、読者には準備完了の返答が済んだのかどうか分かりません。書くべきは前半の段階のほうです。持ち物を減らし、鍵を返し、行き先を誰かに告げる。退路を一つずつ潰していく所作を、確定の前に並べておきます。そのうえで最後に、取り消しても記録だけは残る場所へ、何かを書き込ませます。読者が緊張するのは、書き込まれた内容ではなく、消せない場所を選んだという一点です。

文: hakadoru.ai 編集部

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