突き抜けるような

【つきぬけるような】形容詞句

使い分けの視点

「抜けるような」は透明感や明るさ、「突き抜けるような」は方向と遮蔽物の不在まで含みます。「広漠たる」「見渡す限りの」は水平の広がり、「天空を裂く」「視界を割る」は線状の勢いです。空に固定せず、声・塔・痛みなど修飾先を選び、何がどの方向へ抜けるかを具体化します。

同義語

同品詞の類義語

貫通する
抜けるような
見渡す限りの
広漠たる文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

天空を裂く文芸的
雲ひとつない
視界を割る文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

矢が空を駆けるような文芸的
頭上を貫く塔のような文芸的
深い井戸の底を見るような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

鋭く
一筋に文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

視界を裂く文芸的
青を極める文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

天空文芸的
蒼穹文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

青を極めた澄み切った文芸的
視界を一閃する文芸的
頭蓋を貫くほどの文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

遮蔽物のない方向エッセイ関連

例文: 監視塔の上では遮蔽物のない方向へ風が走り、旗が水平に伸びた。

検索に引っかからない慣用句——連語をどう索引するか

全文検索の索引には大きく二つの作り方があります。ひとつは形態素解析器で文を単語に切り、その単語を索引語とする方式。もうひとつは、文字列を機械的に二文字ずつなどに切り刻んで索引する N-gram 方式です。日本語の検索エンジンが両方を用意していることが多いのは、この二つが得意な領域を分け合っているからです。そして、慣用的な連語というものは、前者にとって扱いにくい対象になります。この修飾句を解析器に通すと、動詞と助動詞相当の要素と活用語尾に分かれ、句としての単位はどこにも残りません。

単語索引の側にも、句を扱う工夫はあります。索引に語の位置番号まで記録しておけば、隣り合う二語を一続きの句として問い合わせられる。ところが、この修飾句を句として登録しようとすると、活用の壁に当たります。突き抜けるような、突き抜けそうな、突き抜けた——意味の核が同じ形どうしが、文字列としては別物です。検索システムはここで見出し語化という処理を挟み、活用形をいったん辞書形へ畳んでから索引に入れます。畳んだ結果として、比況の「ような」と過去の「た」の差は消えてしまう。索引の中では、実際に何かが貫通した文と、貫通していないと明示している文とが、同じ見出しの下に並ぶことになります。書き手が最も気を遣った一語が、機械の側では最初に捨てられる要素だった、という順序の食い違いがここにあります。

分割そのものは正しい処理です。文法的にはたしかに複数の形態素の連なりであって、辞書の見出しに立つ一語ではない。ところが、読み手の頭の中ではこれは一個のかたまりとして流通しています。意味も、構成要素の意味の合成からはややずれる。実際に何かを貫通したわけではなく、上方向の遮蔽物が存在しないという状態だけを指している。構成部品に分解すると失われるこの手の余剰を、索引の側でどう保持するかは、検索システムの設計における古典的な悩みどころです。N-gram 索引なら文字の連なりとして拾えますが、今度は無関係な文脈の断片まで大量に拾ってしまう。精度と再現率のいつもの取引になります。

編集距離という尺度を持ち込むと、別の角度が見えます。二つの文字列の間で、一文字の挿入・削除・置換を何回行えば一方を他方に変えられるか、という距離です。この句と、頭の二文字を落とした短い形との距離は二。文字列としてはごく近い。しかし読み比べると、短い形は透明度や質感を言うことが多く、こちらは方向と距離を伴います。二回の編集で意味の軸がひとつ増える。表層の距離と意味の距離は比例しない、という当たり前の事実が、この対では珍しくきれいに観察できます。

情報量という語には、圧縮の側から与えられた定義もあります。ある記号の情報量は、それが現れる確率の対数に負号を付けた値で、頻繁に現れるものほど小さい。圧縮の実装は、この値におおよそ比例した長さの符号を割り当てます。よく出るパターンには短い符号を、めったに出ないパターンには長い符号を。だから文章を機械にかけると、決まり文句は例外なく短く畳まれます。読み手の側も似た経済で動いていて、先の読める連なりでは目が滑り、読めない連なりでは速度が落ちる。圧縮率の高い表現は、読者の記憶にも短くしか残りません。符号の短さは、運んでいる中身の少なさをそのまま映しています。代価を払うのは書き手ではなく、読者の注意のほうです。連語が索引から漏れることと、決まり文句が印象から漏れることは、別の現象ですが、同じ量が背後にあります。

型の観点も置いておきます。比況の形式は、それ自体では値を持たず、修飾される名詞を受け取って初めて具体的な像を返す。関数のようなふるまいをします。空を受ければ遮蔽物の不在に、声を受ければ抜けのよさに、笑顔を受ければ屈託のなさになる。同じ形式が引数の型によって別の出力を返すのは、多相と呼ばれる性質そのものです。厄介なのは、この形式が受け取れる引数の範囲が広すぎることで、範囲が広い関数ほど、呼び出す側は出力を予測しにくくなります。

この句が手垢のついた表現として扱われがちな理由は、そこに戻ります。実際の文章では引数がほとんど一種類に固定されている——空、あるいは青空。共起の分布が極端に偏った表現は、読者の予測が当たりすぎて情報量を持ちません。使うのであれば、偏りの外側の名詞を渡すか、遮蔽物のない状態のほうを具体的に描いて、この形式そのものを呼ばずに済ませる。索引に残らないものは、読者の記憶にも残りにくい。

文: hakadoru.ai 編集部

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