奇跡のような

【きせきのような】形容詞句

使い分けの視点

「奇跡のような」は、似ていると強めながら同一ではないと留保する比況です。何が奇跡に似るのかという比較軸を、修飾先や動作で絞ると手垢を避けられます。言い切りと一歩引いた評価のどちらが場面に合うかを選びます。

同義語

同品詞の類義語

神懸かった文芸的
天佑めいた文芸的
稀有な文芸的
信じ難い

類義句

同品詞の慣用的言い換え

天が味方した文芸的
百年に一度の
計算の外にある

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

天が手を差し伸べたような文芸的
夢を現実に貼り付けたような文芸的
宝くじを引き当てたようなcolloquial

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

奇しくも文芸的
信じ難く

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

天運を呼び込む文芸的
理を覆す文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

天佑文芸的
僥倖文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

起こり得ぬはずの文芸的
数字には現れぬ
神々しいまでの文芸的

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

一歩引いた比況エッセイ関連

例文: 一歩引いた比況が、生還を偶然とも神意とも決めつけず、読者へ判断を残した。

「の」と「のような」のあいだ——比況が背負う小さな否定

「奇跡の生還」と「奇跡のような生還」を並べてみます。増えたのは三文字だけで、どちらも同じ出来事を指せる。それでも、前者は生還そのものを奇跡だと言い切っていて、後者は言い切っていません。読んだ感じでそう分かるのですが、なぜそう分かるのかを説明しようとすると、途端に手間がかかります。連体修飾の「の」は所属や属性を結ぶ助詞で、二つの名詞を等号に近い形で接続できる。一方の「ようだ」は、推量にも比況にも使える助動詞で、その連体形が「ような」です。ここまでは辞書の記述で、問題は次からでした。

比況で使うとき、この助動詞は基準となるものと対象とが別物であることを前提にします。医者ではない人を評して「医者のようだ」と言い、雪ではないものを「雪のような」と言う。つまり「のような」は、似ていると述べるのと引き換えに、同一ではないと小声で言っている。「奇跡のような」は、字義どおりに読めば「奇跡ではないが、それに近い」と告げる形式です。強めているように見えて、実は一段引いている——ここで引っかかります。書き手はふつう、生還を大きく見せたくてこの句を選ぶはずで、弱めるために選んでいるとは思えない。

考えを進めるために、活用形を横に振ってみます。連用形の「ように」にすると、「奇跡のように現れた」となって、修飾されるのは動詞、つまり出来事の起こり方になる。現れ方が唐突だった、前触れがなかった、といった過程の記述として読めます。連体形の「ような」は名詞にかかるので、似ているとされる対象が名詞の指すものに移る。ここで面白いことが起きて、「奇跡のような偶然」は重なる点が見えるのに、「奇跡のような静けさ」になると、静けさと奇跡がどの軸で似ているのかが急に見えなくなる。連体用法は、比較の次元を明示しない構文なのです。

これは欠陥でしょうか。そう決めつける前に反例を探すと、次元を伏せたほうが働く場合がすぐ見つかります。読者は空欄を埋めようとするので、伏せられた軸を自分で補い、補った分だけ深く関わる。稀少さで似ているのか、説明のつかなさで似ているのか、静かに訪れる感じが似ているのか——読者が選んだ答えは書き手が指定した答えより強く残ります。ただし補い方が読者任せである以上、多くの読者が同じ既製品を持ち出せば、その句は磨り減る。手垢がつくのは語のせいではなく、空欄が同じ形で放置されてきたせいだと言えます。

実務としては、修飾先の名詞を触るのが早い。「奇跡のような生還」を「奇跡のような手続きの速さ」に置き換えると、比較の軸がとつぜん限定されて、読者の補いようが変わります。あるいは連用形へ倒して動詞にかけ、起こり方の描写に降ろす。どちらも文の中の位置を動かすだけの操作で、語彙を替えていません。小さな否定を背負ったまま強調として働くこの句は、置き場所を一つずらすだけで、言い切りと留保のあいだのどこに立つかが変わります。

文: hakadoru.ai 編集部

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