奇跡

【きせき】名詞

使い分けの視点

「奇跡」は出来事そのものより、起こりにくいと見積もっていた語り手を明かす語です。努力の成果に使えば、その努力を値切る響きも生まれます。回想の距離や事前の見込みを確認し、祝福と評価のずれを意図して置きます。

同義語

同品詞の類義語

僥倖文芸的
天佑文芸的
幸運
神技文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

天の配剤文芸的
救いの糸文芸的
信じ難い出来事

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

氷原に花が咲くような文芸的
一筋の光が差し込むような文芸的
虹が二度かかるような文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

天が味方する文芸的
運命がほほえむ文芸的
起こり得ぬことが起こる

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

二度とない瞬間
運命の贈り物文芸的
思いがけない恩寵文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

見積もりの告白エッセイ関連

例文: 生還を奇跡と呼ぶ言葉は、隊長自身の見積もりの告白でもあった。

祝福されて困る——見積もりの告白としての一語

「奇跡ですね」と言われた人が、少し困った顔をすることがあります。祝福されているはずなのに、うまく受け取れない。褒め言葉として差し出されたものが、受け渡しのどこかで別のものにすり替わっている。この感触の出どころを、起きた出来事の側ではなく、発話の側から探ってみます。何が言われたかではなく、言うことで何をしてしまったか、のほうです。

この語は、出来事について何かを述べているように見えて、実際には話し手の見積もりを述べています。ある結果を奇跡と呼ぶには、その結果が起こりにくいと事前に踏んでいなければならない。低く見積もっていたという申告が、語の内側に畳み込まれている。だから「奇跡だ」は記述というより判定の宣言に近く、第三者が「あれは奇跡ではない」と反論できるのも、争点が出来事の中身ではなく確率の見積もりだからです。同じ生還を、医師は奇跡と呼ばず、家族は奇跡と呼ぶ——どちらも嘘をついていません。

困った顔の理由は、たぶんここにあります。何年も準備した人が結果を出したとき、それを奇跡と呼ぶことは、準備の寄与を小さく見積もっていたと表明することになる。話し手にその意図がなくてもです。しかもこの含みは打ち消しにくい。「奇跡ですね、もちろん実力あってのことですが」と言い足しても、先に出た見積もりは回収できません。加えてこの語には感謝の形式が残っています。天佑や僥倖といった古い語彙は感謝の宛先を持っていましたが、現代語の「奇跡」はその欄を空けたまま形式だけを引き継いでいる。誰にともなく礼を言う構えだけが宙に浮きます。受け取る側が居心地を悪くするのは、その空欄に自分を入れられそうで入れられないからかもしれません。

もっとも、この見立てには穴があります。「奇跡の一枚」「奇跡のバランス」といった言い方では、確率の見積もりも感謝の宛先もほとんど働いていません。ただ良い、ただ稀だ、を意味する強調語に摩耗している。頻繁に使われる語は含みを落としていくもので、この語も例外ではない。だとすると、さきほどの分析が効くのは、生死や勝敗のように、話し手が本当に事前確率を持っていた場面に限られることになります。含みは場面に呼び出されたときだけ立ち上がり、語に固定されてはいません。

小説に置くとき露出するのも、やはり出来事ではなく語り手のほうです。地の文で「奇跡だった」と書いた瞬間、その語り手は結果を知っている位置にいることまで明かしてしまう。まだ結末を知らないはずの視点人物に寄り添った語りの中に一語まぎれ込むと、そこだけ時間の層がずれます。逆に言えば、回想であることを一語で伝えたい場面ではよく働く。ただし人物の台詞に置くときは別で、その人物が何を起こりにくいと踏んでいたかが、聞き手にも読者にも同時に伝わる。祝福の言葉として発した台詞が、相手の努力を値切る音に聞こえてしまう場面は、それだけで小さな亀裂の材料になります。

文: hakadoru.ai 編集部

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