奇怪

【きかい】形容動詞

使い分けの視点

「奇怪」は対象の姿だけでなく、それを尋常外と判定した語り手の基準を露出させます。奇妙より非難や怖気が混じりやすいため、誰の判断かを曖昧にしないことが大切です。不可解さの根拠を形や行動で支え、評価語だけを先行させないようにします。

同義語

同品詞の類義語

怪しげな
禍々しい文芸的
得体の知れない
うさんくさいcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

背筋が凍る
薄気味の悪いcolloquial
尋常ではない

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

化け物の息遣いのような文芸的
腐臭を帯びたような文芸的
深淵を覗いたような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

不気味に
幽かに文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

戦慄が走る文芸的
背筋を這う文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

妖気文芸的
怪異文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

肌に粟を生じる文芸的
人ならざる文芸的
闇を纏った文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

判定する語り手エッセイ関連

例文: 判定する語り手の怯えが、石像の無表情を怪物の顔へ変えていた。

促音が出たり入ったりする——判定する人が要る語

促音がひとつ、入ったり入らなかったりします。きかい、と読む人がいて、きっかい、と読む人がいる。国語辞典はたいてい両方を見出しに立てていて、どちらが誤りだという書き方をしていません。畳語にして「奇々怪々」とすると、今度は促音を挟まないほうが口に落ち着く。同じ漢字二字なのに、声に出すたびに形が少し動く。語形が固まりきらないのは、この語がまだ日常の底まで沈んでいない証拠ではないか——そう書きかけて、手が止まりました。語形の揺れる語なら他にいくらでもあります。揺れているという観察だけでは、何の証明にもなりません。

もっと古い層を掘ると、揺れているのは音より意味のほうでした。古語辞典の「きくわい」の項には、不都合だ、けしからん、無礼だ、といった語釈が並びます。中世の軍記物で武士が相手をなじる場面に出てくる「奇怪なり」は、不気味だという意味ではなく、許しがたい、に近い。つまりこの語はもともと、対象の性質を述べる語というより、話し手の憤りを述べる語だった。ここで思考が一度、勢いづきます。だとすれば現代語の「奇怪」は、非難の成分を落として不可解さだけを残したことになる。意味の縮小の、教科書のような例に見えてきます。

ところが現代側の用例を並べると、そう素直にはいきません。深海の生き物を「奇怪な姿」と書くとき、そこに非難はありません。長く解けない事件を「奇怪な事件」と呼ぶときにあるのは不可解さで、怒りではない。ところが人物にかかった途端、たとえば「奇怪な言動」と書けば、書き手が眉をひそめている気配が戻ってきます。組織の決定を「奇怪な人事」と呼ぶときはもっと露骨で、これはほとんど非難そのものです。非難の成分は消えたのではなく、修飾先によって出たり引っ込んだりしている——縮小したというより、発動条件がついた、と言うほうが近い。

では条件が変わっても残るものは何か。判定の手つきだと思います。「奇妙」のほうは観察の側に置くことができて、見えたままを述べる語として使えます。「奇怪」はそうなりません。誰かがその対象を見て、これは尋常の範囲に収まらないと決めている。決めた人が必ずいる。深海の生き物の姿にすら、人間の側の基準が貼りついていて、その基準に照らして外れていると宣告されている。中世の憤りから受け継がれたのは怒りの感情そのものではなく、怒る人が要る、という構文のほうだった。促音の揺れは、たぶんこの構文とは関係がありません。

小説の地の文でこの語を選ぶと、そこだけ語り手の顔が出ます。三人称の語りで人物の外見を「奇怪な」と描写した瞬間、その判定は語り手のものになり、読者は語り手が持っている尋常の範囲を逆算しはじめる。何を普通と見なす人が語っているのか、という情報が、描写と一緒に配られてしまいます。視点人物の感覚に寄せて書きたいなら、判定の主体をその人物の側へ移す仕掛けがいる。読み方の揺れよりも、この一語が誰の口から出ているかのほうが、ずっと確実に読者へ届きます。

文: hakadoru.ai 編集部

エディタで直接置換して執筆を加速

SaaS エディタではシソーラスの結果をワンクリックで本文に反映できます

無料で始める →