夢のような

【ゆめのような】形容詞句

使い分けの視点

「夢のような」は読者が素早く通れる比喩なので、山場の核より、現実離れした場面への入口や余韻に向きます。「幻想的な」は美的な評価、「現実離れした」は違和感、「嘘みたいに幸福な」は人物の実感を前へ出します。係り先を具体的にして、何が非日常なのかを支えてください。

同義語

同品詞の類義語

幻想的な
おとぎ話みたいなcolloquial
幻めいた文芸的
夢幻めく文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

現実離れした
目が覚めれば消えそうな文芸的
嘘みたいに美しいcolloquial

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

蜃気楼のような文芸的
霞に包まれたような文芸的
舞台の上のような

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

うっとりとcolloquial
現実を忘れて
陶然と文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

現実が遠のく文芸的
心を奪う
目を疑う

体言的言い換え

用言を体言に変換

現実離れした光景
陶酔の時間文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

目が覚めるのが惜しいほどの文芸的
嘘みたいに幸福なcolloquial
心が解けるような文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

夢みたいな

例文: 夢みたいな夏が終わり、机には乾いた貝殻だけが残った。

圧縮率の高い五文字を、どこに置くか

同じ長さの文章を二本用意して gzip にかけると、決まり文句の多いほうが小さくなります。この種の圧縮は、直前までに出てきた並びと同じものを見つけて「何文字前のものを何文字ぶん繰り返す」という指示に置き換える仕組みを持っているので、繰り返しの多いテキストほど短い符号で表せる。文章の良し悪しを測っているわけではありません。測っているのは予測しやすさだけです。それでも、この数字は書き手にとって無関係ではない。

情報理論では、ある記号の自己情報量を、その生起確率 p に対して マイナス log p と定義します。確率が高いものほど情報量は小さい。日本語で「夢の」まで書かれたとき、次に来る語の分布はかなり偏ります。もし後続がほとんど一通りに決まるなら、続く数文字はほとんど何も運んでいない。ここで注意したいのは、情報量が小さいことは欠陥ではないという点です。予測できる部分があるからこそ、読者は全文を等しい注意で読まずに済む。楽譜の休符と同じで、密度の低い区間には配置の役割があります。

計算機の側から見ると、この五文字はもうひとつ扱いにくい性質を持っています。形態素解析器はこれを「夢」「の」「よう」「だ」といった単位に分割します。全文検索の索引は自立語を中心に作られるので、索引の上ではほぼ「夢」に還元される。ところが読者の側の処理単位は、単語ではなく連語です。この不一致は、検索の設計だけでなく、書き手が自分の癖を点検するときにも効いてきます。単語の頻度を数えても、決まり文句の反復は見えてこない。癖を見つけたければ、二語や三語の連なりの頻度を見るほうが早い。

日本語の全文検索には、単語に切らない索引の作り方もあります。文字を二つずつずらして登録していく方式で、この五文字なら、夢の、のよ、よう、うな、という四組が索引に入る。切れ目の判定をしなくて済むかわりに索引は大きくなりますが、切り方の失敗で語が丸ごと消えることがありません。連語をそのまま扱える点では、こちらのほうが読者の処理に近いと言えます。実務では二つの方式を併用することが多い——どちらか一方では、種類の違う取りこぼしが出るからです。原稿を点検するときの事情も同じで、単語に切ってから数えるか、切らずに並びのまま数えるかで、浮かび上がってくる癖が入れ替わります。

表層の並びと構造が食い違う例も、この付近には転がっています。「夢のような」と「夢のように」は、末尾の一字しか違いません。並べ替えも省略もなく、最後の一字を差し替えただけの関係です。それでも前者は名詞にかかり、後者は用言にかかる。プログラムの型で言えば、受け取れる引数の種類が違う別の関数です。文字の上での近さは、係り先の互換性を何も保証しない。編集距離で測れば一手、しかし型で見れば別物です。表記ゆれの吸収や類似語の提示を編集距離だけで組むと、この二つは同じものとして扱われます。距離が小さいことと、置き換えてよいことは、まったく別の判定なのです。推敲でこの二つを機械的に入れ替えると、係り先が宙に浮いた文が残ります。

最初の圧縮の話には続きがあります。gzip が過去の並びを探す範囲には上限があり、標準の設定では三十二キロバイトぶんの窓しか遡りません。それより前に同じ表現が出ていても参照先として使えないので、符号は縮まない。長編の原稿を一本のファイルとして食わせると、章をまたいだ反復の多くは窓の外へ落ちます。読者の側にも似た窓があるように思います。数ページ前の決まり文句は目につくのに、二百ページ前のものは照合されない。反復が咎められるのは反復そのもののせいではなく、窓の内側で二度目が起きたときです。だとすれば点検すべきは総数ではなく、隣り合う二つの間隔のほうだということになります。

配置の話に戻ります。圧縮率の高い表現は、地の文の中で読者の速度を上げる区間として機能します。問題は、それを山場に置いたときです。物語がもっとも情報を届けたい場所で、いちばん予測しやすい五文字が出てくる。読者の側では、そこだけ処理が軽くなり、結果として通り過ぎてしまう——いちばん止まってほしい場所で、いちばん速く読まれる。決まり文句を避けるべきかどうかという問いは、たいてい答えが出ません。かわりに、この五文字を使った箇所の位置を全部書き出して、山場との距離を見る。近すぎるものだけを書き換えれば足ります。判断の対象が表現の是非から座標に変わるので、書き手の好みが入り込む余地も減ります。

文: hakadoru.ai 編集部

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