計算機が快適さを直接感じることはありません。それでも推薦や画面設計では、利用者の快を疑似的な評価関数として置きます。クリック、滞在時間、評価ボタン——それらは快感そのものではなく、快感の痕跡をサンプリングした符号です。この形容詞も、物語の中では似た位置に立ちます。身体の連続量、つまり温度や圧力や湿度や筋の弛緩を、言語という離散記号へ量子化した結果だからです。量子化の瞬間に、細部は落ちます。落ちた細部を景物で補わないと、語は高評価のラベルだけを残します。ラベルだけの文はシステムのログに近く、小説の感触から遠ざかります。感触を取り戻すには、サンプリングの手前にある連続量へ戻る必要があります。
形態素に割ると、気持ち+良い、という複合が見えます。気持ちは内部状態の容器、良いは評価の二値に近い極性です。自然言語処理の単純な感情分析でも、正負の極性語として拾われやすい型になります。拾われやすいということは、文脈がなければ粗く、文脈があれば強い、という性質を持つことでもあります。創作では、極性だけ先に出して文脈を後回しにすると、モデルの誤分類と同じ失敗が起きます。どのセンサが発火したのか、皮膚か、耳か、呼吸か、視線か、それを先に書いてから評価語を置くほうが、符号化の順序として正直です。正直な順序は、読者の身体シミュレーションを助けます。シミュレーションが動けば、ラベルは検証結果になります。
符号の話をもう一つ加えます。この語は表記の揺れが大きいものです。気持ち良い、気持ちよい、気持ちいい、きもちいい、さらにカタカナ書きまであり、検索や集計をするならまず正規化が要ります。形態素解析器も、辞書によって気持ち+良いと分けたり、口語形をひとまとまりで持っていたりします。分かち書きの境界が違えば、共起統計も変わります。人間の読者にとっては同じ快でも、機械にとっては別の文字列です。創作の側から見れば、この揺れは資源でもあります。硬い地の文には漢字を、幼い人物の台詞にはひらがなを当て、同じ意味に違う速度の外装を着せられます。
圧縮の視点も効きます。よく出る記号ほど短い符号が割り当てられ、一回あたりに運ぶ情報は少なくなります。これは符号化の基本的な性質ですが、言葉の陳腐化にもそのまま当てはまります。ある章で快を指す語がこれ一つに固定されると、読者の内部辞書ではその語が最短符号になり、驚きが減ります。減った驚きを取り戻す方法は二つあります。頻度を下げるか、出現位置を予測しにくくするかです。毎回同じ場所、たとえば場面の締めくくりに置く癖があると、位置まで予測されます。予測された快は、通知音のように読み飛ばされます。
編集距離の比喩も使えます。心地よい・快い・快適なは近傍の語で、一文字あるいは一形態素の差が位相を変えます。心地よいは持続する環境、快いはやや文語的で知的な快、快適は設備や条件の評価に寄ります。この語は主観の宣言が強く、話し手の内部状態を直接叩く感じがあります。内部状態を誰が語れるのか——一人称か、三人称の深い視点か——は、権限の設計そのものです。権限のない語り手が他人の気持ち良いを断定すると、型エラーに近い違和が出ます。違和を意図しないなら、様子からの推定に切り替えます。推定は、外部の窓口を通した読み取りに近い操作です。読み取りの権限を物語ごとに定義しておくと、語りの破綻が減ります。
実装の実務に落とすと、この語は再利用されやすい部品です。同じ快感を何度も同じ語で返すと、読者の注意は慣れを起こします。対策は、サンプリング元を変えることです。温度、布、音、間、達成感といった入力チャネルをローテーションし、出力の形容は必要なときだけ使います。つねに同じ語で快を指すと、情景が衝突して見分けがつかなくなります。見分けのつかない快は、物語の情報量を増やしません。情報量を増やす快は、符号の手前のセンサ記録が厚いものです。厚い記録のあとに置く一語は、要約ではなく検証結果になります。検証結果として置けば、高頻度の快語でも陳腐化を遅らせられる。