香ばしい

【こうばしい】形容詞

使い分けの視点

「香ばしい」は焼く・炒る・煎るなど火を通した跡の好ましい匂い。「芳しい」は花や評判にも広く、「芳醇」は酒や熟成した厚み、「鼻をつく」は不快な刺激にも使う。直前に竈、焙煎器、鉄板など熱源を置けば、皮肉の人物評と混同せず感覚が着地する。

同義語

同品詞の類義語

芳しい文芸的
芳醇な文芸的
香り高い

類義句

同品詞の慣用的言い換え

鼻をくすぐる
食欲をそそる
香気を放つ文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

焼き立てパンのような
焦がしバターのような文芸的
焙じ茶のような

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

ぷうんとcolloquial
ふわりと
ほんのりと

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

香りが立つ
匂いが立ち込める
鼻腔を満たす文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

芳香文芸的
香気文芸的
匂い立ち文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

鼻をつく
芳しき文芸的
馥郁たる文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

火を先に置くエッセイ関連

例文: 鉄板で胡麻を煎った、と先に書く。「火を先に置く」ことで、後の香ばしい匂いは皮肉でなく食卓へ正しく届いた。

表に載らない訓——ひとつの語をどう書くかという問題

かな漢字変換で「こうばしい」と打つと、環境によっては候補が複数出ます。香ばしい、芳ばしい。どちらも見た覚えのある形で、その場では選びかねる。迷いの原因は、じつは変換辞書の側ではなく、日本語の表記基準の側にあります。二〇一〇年に改定された常用漢字表で「香」に認められている訓は、か・かおり・かおる の三つ。こうばしい は載っていません。「芳」のほうは訓が かんばしい で、こちらにも該当する読みがない。つまりこの語は、どちらの字を選んでも、表の枠から少しはみ出した書き方になる。学校教育や公用文の基準に沿って書こうとすると行き場がなくなる語が、日常語のなかに普通に混ざっているわけです。付け加えるなら、変換候補の並び順は正しさの順位ではなく、多くの場合は使用頻度の反映にすぎません。画面が先に出してくる形を正解だと思い込むと、判断の根拠がすり替わります。

綴りをもう少し遡ると、姿がさらに変わります。古くは「かうばし」と書かれていました。カウ が コウ になったのは、au という連母音がひとつの長音へまとまっていく変化によるもので、「てふ」が「ちょう」に、「けふ」が「きょう」になったのと同じ種類の現象です。仮名遣いは一九四六年の内閣告示以降、発音に寄せる方針へ切り替わり、「かうばし」という綴りは日常の文章から姿を消しました。語形が変わったのではなく、同じ音を書き取る規則のほうが変わった——表記史というのは、語の履歴書ではなく、その語を写し取る紙の側の履歴書です。

送り仮名にも仕事があります。同じ「香」の字を用いながら、香ばしい と 香しい は、送る仮名が一文字違うだけで別の語として読み分けられる。送り仮名は本来、活用する部分を示すための道具ですが、実際にはこうして同字異訓の識別子としても働いています。「行った」がイッタなのかオコナッタなのか決まらない、という有名な不便の裏返しで、一文字増減させるだけで読みが確定する仕組みが表記に組み込まれている。しかも送り仮名の付け方には許容の幅が広く取られており、実務では出版社ごとの基準がその上に重なる。三層構造のどこを参照しているかで、同じ語が違う姿になります。

字を共有していても、守備範囲は重なりません。芳しい は花や香水にも、比喩として評判にも使えます。それに対してこちらは、焼く・炒る・煎るという加熱を通った匂いにほぼ限定される。パンの耳、番茶、胡麻——火を通していないものに使うと、読者は微かな違和感を覚えます。さらに二〇〇〇年代以降、インターネット上で、痛々しい言動を皮肉る用法が広まったと言われます。表記はまったく変わらないまま、意味だけが二つに割れた。文字列が同じで語が違う、という状態は辞書にも検索にも扱いにくく、結局は文脈が唯一の手がかりになります。

だから原稿でこの語を使うときは、直前に熱源を置いておくのが実際的です。フライパン、七輪、トースター、焚き火。加熱の設備がひとつ視界に入っていれば、読者は迷わず食べ物の側で受け取ります。逆に人物評として皮肉に使いたいなら、直前に台詞か振る舞いを置いて、火の気配を徹底して消す。表記の揺れる語で書き手が支えるべきなのは、字の選択そのものより、その字を正しく着地させる二、三行手前の景色のほうです。

文: hakadoru.ai 編集部

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