香り

【かおり】名詞

使い分けの視点

「香り」はほぼ好ましい評価を先に渡し、空間を移動する現象として「漂う」「立つ」と結びつく。「匂い」は快不快どちらにも使え、「芳しさ」は上品な好ましさ、「フレグランス」は製品化された調香を感じさせる。中立なら原因物や甘さ、鉄気など成分を直接描く。

同義語

同品詞の類義語

匂い
芳しさ文芸的
フレグランスcolloquial
匂い立ち文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

鼻先をくすぐる気配文芸的
ふわりと立ち上る気文芸的
鼻を打つ甘さ

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

花畑のような
焼き菓子のようなcolloquial
雨上がりの森のような文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

立ち昇る文芸的
鼻孔をくすぐる文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

鼻腔に残る余韻文芸的
ほのかな気立ち文芸的
鼻先の甘い余韻

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

評価を含む感覚語エッセイ関連

例文: 鉄と湿った布の気配、と少女は記した。「評価を含む感覚語」を避け、未知の匂いを好悪なしに伝えた。

目で嗅いでいた頃——嗅覚語の来歴をたどる

万葉集で「にほふ」と言われているものの多くは、鼻ではなく目で捉えられています。赤く照り映える花、水面に映る色。語源については、赤い土を指す「丹」と、抜きん出て現れることを言う「秀」が結びついたものとする説が知られており、その説に立てば、この語の出発点は色彩の鮮やかさだったことになります。嗅覚専用の語になったのは後のことで、上代の用例だけを並べても、どこで匂いへ移ったのかは決まりません。現代の読者が「匂い」の二文字から当然のように鼻を思い浮かべるのは、千年以上かけて視覚から嗅覚へ重心が動いた結果ということになります。感覚をまたいで意味が移る現象そのものは珍しくなく、鋭い音、甘い声、重い色といった言い回しが今も普通に通じることを思えば、感覚の境界は語にとって最初から通行可能だったのでしょう。

こちらの語は事情が違います。上代の日本語には、単独の「か」が香の意味で用いられた例があり、動詞「かをる」はその「か」を含むと説明されるのが一般的です。ただし「をる」の部分の由来には定説がありません。名詞形は動詞の連用形をそのまま名詞にしたもので、日本語ではごく普通の作り方です——動き、流れ、眠り、と同じ手続き。そしてこの作り方で生まれた名詞には、静止した物ではなく進行中の現象を指す傾向があります。器に入って動かない物質ではなく、立ちのぼって空間を移動していく出来事。文中でこの語が「漂う」「立つ」「流れる」といった動詞と結びつきやすいのは、成り立ちからして自然な帰結です。

漢字の側も見ておきます。「香」の上部は黍、下部は甘とする説明が古くから行われてきました。この解釈に従うなら、字の中心にあるのは花ではなく、穀物が甘く匂い立つ光景です。一方「匂」は日本で作られた字とされ、中国の字書には見あたらない。嗅覚を表す文字を輸入しきれずに自作した、という経緯が背景にあるようです。ひとつの感覚の周りで、大陸から来た字と列島で作った字が並び立ち、それぞれ別の語を担うようになった。表記の分業が、後の意味の分業を準備したとも言えます。

語彙の側から見ると、嗅覚には独特の貧しさがあります。色なら赤・青・黄と抽象的な名前で分けられるのに、匂いの種類はたいてい、原因になった物の名前を借りて言うしかない。薔薇の、潮の、雨あがりの土の。嗅覚だけが自前の分類語を持ちにくいことは、言語をまたいでしばしば指摘されてきました。そのぶん、この領域の語は動詞と結びついて働きます。日本では香木を鑑賞する作法の中で、香を「嗅ぐ」ではなく「聞く」と言う習慣が伝わっています。受け身に流れ込んでくる刺激ではなく、こちらから耳を澄ますようにして受け取るもの——動詞をひとつ替えるだけで、感覚の主導権が入れ替わる。

現代語の三語は、きれいに役割を分けています。臭い と書けば不快が確定し、匂い は良い方にも悪い方にも倒れ、この語だけがほぼ常に肯定側に立つ。同じ現象を指しながら、書き手はどの字を選ぶかによって、評価をあらかじめ読者に手渡しているわけです。だから中立に書きたい場面では、三語のどれも使わないほうが安全になる。かすかに甘い、鉄の味に近い、干した藁のよう。語を捨てて、成分か記憶のほうを書く。色から匂いへ移ってきた語の末裔は、いまも評価の色を落としきれずにいます。

文: hakadoru.ai 編集部

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