過去

【かこ】名詞

使い分けの視点

時間の後方を指す語でも、昔日や往事は硬い回顧、来し方は歩んだ道、前史は本編以前の制度的な経緯を示します。比喩は記憶の質感を強めますが、単なる座標か秘めた前歴かを曖昧にしやすい語でもあります。文字種や隣接語で、年表の冷たさと回想の温度を調整しましょう。

同義語

同品詞の類義語

昔日文芸的
往事文芸的
来し方文芸的
前世紀

類義句

同品詞の慣用的言い換え

遠い日々
かつての時代
在りし日文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

色褪せた写真のような
乾いた墨跡のような文芸的
遠ざかる汽笛に似た文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

時を遡る文芸的
来し方を振り返る文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

失われた日々
前史文芸的
手の届かぬ時代文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

三世の座標エッセイ関連

例文: 年代記は王の生涯を三世の座標へ置き、感情を年号の外へ追い出した。

「去」をコと読む二字——三世の読誦が残した層

「去」という字に、常用漢字表は二つの音を認めています。キョとコ。日常で目にするのはほとんどキョのほうで、除去、撤去、退去、去就、去年と、いくらでも挙がる。ではコと読む熟語をと言われて出てくるものは、実際にはこの二字くらいしかありません。時間の後方を名指す最も一般的な語が、読みとしては少数派の側に立っている。

音の層が違うのだと考えると、事情が見えてきます。キョは漢音、コは呉音——呉音は漢音より早く日本に入り、仏典の読誦を通じて定着した層とされます。並びを見れば裏づけが取れる。現在も未来も、漢音ではなく呉音の側の読みを保ったままです。漢音で読み直せばケンサイ、ビライになりますが、そう読む人はいません。この三語は仏教でいう三世、つまり時間を三つに割る一組の術語で、まとめて入ってきて、読みの層まで一緒に持ち込んだ。

もう一方の字にも、層の重なりがあります。過は音でカ、訓ではすぎる、あやまつ。経過や通過と並ぶ側があり、過失や過剰と並ぶ側がある。通り過ぎることと度を越すことを、一つの字が抱えているわけです。二字に組んだとき、後者の顔は表に出ません。ただし完全に抜けきったとも言い切れない。判決文や身上調査の文中でこの語が好まれるとき、消えたはずの層が文脈の側から戻ってきている気配があります。去のほうも、置かれる位置で役目が動きます。去年、去る五日、去就と、前に立つときに指されるのは漠然と過ぎた時間ではなく、直前の一点か、その場を離れる動作のほうです。後ろに回った途端に範囲が広がり、時間の後方すべてを引き受ける。しかもこれらの語はどれもキョと読み、コと読むのは冒頭に挙げた二字だけでした。読みの層と語構成の層が、ここで一度交差しています。

表記の自由度も、そこから説明がつきます。和語の側は仮名で書ける。むかし、いにしえ、来し方——実際に仮名で組まれた文章はいくらでもあります。この二字を平仮名に開いた例は、まず見かけません。開いた瞬間に語として立ち上がらなくなるからです。硬さの正体は画数でも字数でもなく、選択肢が最初から一つしかないことのほうにある。書き手は、この語の見た目を自分で下げることができません。ところが同じ漢字を材料にしても、仮名を足せば話は変わります。過ぎ去った日々、過ぎ去りし夏。字は一つも増えていないのに、送り仮名が入っただけで硬さが抜ける。二字熟語のほうは仮名を一切受け付けず、開くことも送ることもできない。和語は開けて漢語は開けないという一般則をなぞっているだけに見えますが、同じ字を材料にしながら送り仮名の有無だけで硬軟の両端へ振り分けられる語は、そう多くありません。

三つ一組の術語であることは、意味の側にも尾を引いています。むかしは今からの隔たりを言うだけで、相方となる語を要求しない。ところが三世の一点であるこの語を置くと、書かれていない残りの二点まで一緒に立ち上がります。年表、履歴書、判決文、経歴照会。制度がこの語を好むのは、座標として使えるからです。回想の地の文にそのまま持ち込むと、語り手が自分の来し方を座標の上で扱っている人物に見える。そう見せたくないなら、あの頃、まだ若かった頃へ逃がすほうが早い。

存在文に入れたときの振る舞いは、さらに特異です。彼には過去がある。時間の後方は誰にでもあるのだから、この文は形式的には何も言っていないはずなのに、読者は隠された前歴を受け取る。座標の一点だったものが、あるという述語と組んだだけで、特定の、しかも触れてほしくない一区画へ縮む。中身を空白にしたまま提示できるので、来歴を伏せて人物を出す場面ではこれ以上に安い道具がありません。安いぶん手垢も濃い。字面の地味さも、そこに一役買っています。彼には前科がある、彼には来歴がある、と書けば読者の目は語そのものへ止まりますが、見慣れた二字は止めさせない。引っかからずに通り過ぎたあとに、含みだけが残る。伏せたい情報を伏せたまま置くには、表記が目立たないことまで条件に入っているようです。

実務としての調整は、この二字そのものではなく隣を触ることになります。算用数字や元号の並びの隣に置けば年表の顔になり、和語の情緒語の隣に置けば回想の顔になる。字面は一ミリも動かないのに、隣接する文字種で役割が切り替わる。温度は送り仮名が運ぶのではなく、隣の語が運ぶ。硬い二字を選んでしまった以上、書き手が握れるのはそちら側だけです。

文: hakadoru.ai 編集部

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