夕方、シャッターの下りた商店街を通り抜けたときのことです。半分ほどの店が閉まっていて、開いている店も灯りが弱い。頭に浮かんだ形容は、たしかにこの語でした。ところが後から考え直すと、腑に落ちない点があります。同じ通りを昼に歩いたときには、何も感じていない。人通りの数はさほど変わっていませんでした。変わったのは、光の量だけです。
暗さが感じさせているのだとすると、この形容が担う感覚はそれほど古くないことになります。夜が明るくなったのは、歴史の尺度ではごく最近のことだからです。日本の街路にガス灯や電灯が置かれ始めたのは明治期で、家庭の隅々まで行き渡るには、そこからさらに時間がかかりました。それ以前、日の落ちた集落は一様に暗い。暗さが標準であるなら、暗さは何かの欠如を意味しません。欠如として知覚されるためには、まず「明るいはずの状態」が基準として据わっている必要があります。つまりこの感覚は、明るさが当たり前になった社会の側から遅れて生まれたものだと考えられます。
加えて、音の条件も変わりました。かつての街路は生活音で埋まっていたはずです。行商の声、木戸の開閉、屋外での作業。それらが屋内へ移り、機械に置き換わると、街路の音は自動車の走行音にほぼ一本化されます。一本化された音は、途切れたときに完全な静けさを作る。多様な音が少しずつ減っていくのと、単一の音が止まるのとでは、静寂の質が違います。後者は落差が急で、だから空白として引っかかる。
もっとも、光と音だけの話にしてしまうと取りこぼすものがあります。二十世紀後半に起きた大規模な人口移動——農山村から都市への流出——は、建物が残ったまま人だけが減る、という状態を各地に作りました。空き家、閉じた分校、間隔の開いた時刻表。ここで効いているのは暗さではなく、かつて満たされていた容器が空になっている、という構造です。容器の形が保たれているほど、空白は際立つ。完全な廃墟よりも、まだ機能している過疎地の方がこの形容を呼びやすいのは、そのためでしょう。
ここで自分の観察に反論しておきます。ではその土地に住み続けている人は、自分の生活を毎日そう形容しているのか。おそらく、していない。買い物をし、隣人に会い、決まった時刻に帰る生活は、当人にとって空白ではありません。この形容が成立するのは、通り過ぎる者、あるいは以前を知っている者の位置からです。基準としての「かつて」や「よそ」を持ち込める人間だけが、その差分を測れる。
そうすると、地の文にこの語を置いた瞬間、語り手の立ち位置が一つ確定してしまいます。語り手はその風景の内部にいない。外から来たか、時間の上で離れたか、どちらかです。街の描写のつもりで置いた形容が、視点人物の来歴を先に喋ってしまう。共起の側にも同じ制約が出ています。この形容が掛かるのは通りや駅や家並みであって、人ではない。「寂しい」なら一人称の申告にも使えますが、こちらは「私は物寂しい」とは言えず、対象を必ず風景の側に置くことを要求します。逆に言えば、土地の人間に語らせたい場面でこの語を使うなら、その人物が一度そこを出た経験を持つことを、どこかで示しておく必要がある。形容詞は風景ではなく、風景を見ている位置を記述している。