望む

【のぞむ】動詞

使い分けの視点

願いの強さは「期待する」から「切望する」「渇望」へ段階づけられます。一方で「思いを馳せる」は対象との距離を、「胸に抱く」は外へ明かさない持続を示します。抽象的な願望だけでなく、隔たりや障害物を置くと物語の動きが生まれます。

同義語

同品詞の類義語

希求する文芸的
切望する文芸的
欲する文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

思いを馳せる文芸的
喉から手が出るcolloquial
胸に抱く

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

渇く者のような文芸的
星に手を伸ばすような文芸的
渇仰するような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

しきりに
切に文芸的
いっそうcolloquial

体言的言い換え

用言を体言に変換

希望
渇望文芸的
本望colloquial

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

熱望する文芸的
思い焦がれる
期待するcolloquial

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

隔たりを測るエッセイ関連

例文: 閉ざされた二駅の隔たりを測るたび、少女の帰郷は具体的な目標になった。

距離のほうを書く——願いを動かすための一手

彼は平穏を望んでいた。原稿の中でこの一行に出会うと、たいてい先が止まります。情報としては足りている。人物の願いが書かれ、物語の方向も示されている。それなのに、読んでいて何も動かない。何度か書き直してみて、足りないのは強度ではないらしいと分かってきました。強めても、切望に置き換えても、動かないものは動かない。語彙の問題ではないなら、置き方の問題です。

よく言われる助言は、願いを説明するな、行動で示せ、というものです。実務的には有効な指針ですが、そのまま従うと別の問題が出ます。行動だけを積み上げても、その人物が何を求めているのかは特定できない。夜中に駅まで歩く人物を書いたとして、それが平穏を求めているのか、逃走なのか、誰かを待っているのかは、行動からは決まりません。読者は解釈の候補を三つ抱えたまま先へ進むことになる。示せという助言は、説明の代わりに何を置くかまでは教えてくれない。指針が悪いのではなく、指針が指し示す先が空白なのです。

行き詰まったので、語のほうを見直しました。この動詞には、遠くを見るという用法が並存しています。展望、一望、望楼——いずれも視覚の語で、しかも近くではなく遠くを見ることに限られる。手元の書類を望むとは言わない。願うという意味と、遠くを見るという意味が同じ形に収まっているのは偶然ではないでしょう。手の中にあるものを願うことはできない。願望は距離を含んでいて、距離がゼロになった瞬間に願望ではなくなる。この語は、対象そのものより、対象までの隔たりを名づけている。

そう考えると、書き方の見当がつきます。願いは、対象を名指すのではなく、距離のほうを書けばいい。何が間にあるのか、どれだけ離れているのか、その隔たりが縮んでいるのか広がっているのか。平穏を求めていると書く代わりに、平穏との間にあるもの——引き受けてしまった役目、まだ返していない借り、玄関に置きっぱなしの鞄——を置く。読者は障害物の配置から、その向こうにあるものを逆算します。逆算されたものは、名指されたものより長く残る。人物が何を求めているかを読者が自分で言えるようになったとき、その願いはもう物語の手を離れ、読者の側の持ち物になっています。注意したいのは、障害物が多ければよいわけではないことです。三つも四つも並べると、読者は逆算の途中で候補を絞りきれなくなり、願いの輪郭はかえってぼやける。効くのは、その人物にとってだけ重い一つを選んで、繰り返し画面に入れることのほうです。同じ鞄が三度出てくれば、読者はそれを目盛りとして扱いはじめます。

目盛りが一本だけだと、まだ足りない場面もあります。距離が一本なら、人物にできるのは近づくか離れるかのどちらかで、行動は直線的にしか進みません。ところが隔たりを二本引くと、事情が変わる。片方に近づくともう片方が遠のく配置にしておけば、人物は毎回どちらを選ぶかを決めなければならなくなります。願いは、単独では方向にしかなりませんが、二つ並ぶと選択になる。物語がよく動くのは、願いが強いときではなく、願いが二つあって同時には満たせないと分かったときです。二本目をどこに引くかが、実際には設計のいちばん重い判断になります。

言語化をどこに置くかも、設計の一部です。人物が自分の願いを口に出す場面を冒頭に置くと、その台詞は物語の要約として読まれ、以後の展開は確認作業になります。同じ台詞を終盤に置けば、読者はすでに逆算を済ませているので、答え合わせとして機能する。いちばん働くのは、逆算が半分だけ進んだ中盤に、しかも本人が言い間違えるかたちで置いたときです。求めているものの名を人物が取り違えるとき、読者はその誤りを訂正できる位置にいる。訂正できるということは、読者のほうが人物より正確に距離を測れているということです。

もう一つ、陳腐化の話をしておきます。喉から手が出る、星に手を伸ばす。この種の慣用は、まさに距離を扱っているようでいて、実際には距離を定型に固めてしまいます。読者は隔たりを想像せず、慣用句の意味だけを受け取って通過する。手垢を落とす方法は、比喩を新しくすることではなく、隔たりを具体的な数量や物に置き換えることのほうだと思います。あと三か月、あと二駅、閉まっている店の看板。距離が測れる形で書かれていれば、それが縮む場面も広がる場面も、そのまま物語の動きになる。願いを書くとは、結局、目盛りを一本引いておくことでした。

文: hakadoru.ai 編集部

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