希望

【きぼう】名詞

使い分けの視点

「希望」には申込書で数える意志と、光や火にたとえる情感の二つの分布があります。前後の共起語を見て、事務的な申告と切実な願いを意図的に分けます。必要なら両方を同じ場面に混ぜ、書類の一行へ人物の未来を滲ませます。

同義語

同品詞の類義語

望み
願い
期待
念願文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

一筋の光文芸的
明日への想い
心に灯る灯文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

朝日のような文芸的
芽吹きのような文芸的
蝋燭の炎のような文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

心に灯が点る文芸的
明日を夢見る
胸を膨らませる

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

ささやかな光文芸的
胸に宿る灯文芸的
明日を信じる気持ち

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

一縷の希望エッセイ関連

例文: 白紙だった申請欄へ日付を書き込む手が、避難民にとって一縷の希望になった。

申込書の欄と、一縷の——同じ表記に住む二つの分布

役所や病院の用紙に、希望日、と印刷された欄があります。第一希望、第二希望と並ぶこともある。そこに日付を書き込むとき、心が動いた人はいないはずです。同じ二文字が、小説の終盤では別の重さで置かれる——表記が同じで振る舞いがまるで違う語を前にすると、意味の説明をする前に、この語がふだんどんな語と隣り合っているのかを見たくなります。語そのものより、周囲の並びのほうが素性を語ることがあるからです。

思い浮かぶ隣人を書き出してみます。事務の側では、希望者、希望条件、希望退職、入学希望、転勤希望、希望する、といった形が並ぶ。名詞のうしろに直接くっついて複合語を作り、サ変動詞にもなる。情感の側では、一縷の希望、かすかな希望、希望を捨てる、希望に満ちた、といった形になる。こちらでは前に修飾語が立ち、量や強さを測る言い方と結びつく。前者は数えられる申告として扱われ、後者は光や火のような、量の増減する何かとして扱われている。同じ見出し語のもとに、共起の傾向がはっきり異なる二つの群がある。

修飾語の側から数え直すと、偏りはもっと極端になります。一縷の、という語が付く先は、この二字か、その和語形の望みか、あとは光明くらいしか思い当たりません。修飾する側が、修飾される語をほとんど一つに絞っている。共起の統計はふつう、ある語の隣に何が来るかを数えますが、向きを逆にして数えると、こういう片務的な結びつきが見つかります。字面もそれを後押ししているのかもしれません。希の字には、まれ、の意と、こいねがう、の意が並んで載ります。希少や希薄の希と同じ字です。薄さと願いが一字のうちに同居しているのだとすれば、かすかな、わずかな、といった量の修飾語と相性がよいのは自然な成り行きでしょう。希望日や希望条件のたぐいに、かすかな、を差し込む余地はありません。

計量の側からは、この分裂は珍しいことではありません。頻度の高い語ほど語義の数が多くなる、という傾向が古くから指摘されています。よく使われる語は、使われるたびに新しい文脈へ引き延ばされ、そのぶん多義になる。この語の場合、サ変動詞になれたことが事務文書での伸びを支え、伸びた結果として、光の比喩を担う古い用法と分布が離れていったのだと考えられます。増え方の由来にも見当がつきます。希望退職、希望条件、希望勤務地といった複合語は、雇用や行政の制度が申告を受け取る仕組みを整えたときに要る語彙です。制度が細かくなれば、それを名指す複合語も増える。分布のこちら側は、語の内側の意味変化よりも、外側の制度に引っぱられて伸びたと見たほうが辻褄が合います。

近い語を並べると、この二字の特異さが際立ちます。志望は事務の側へ寄り切っていて、志望動機、第一志望、志望校と、手続きの語彙としか組みません。志望が胸に灯る、とは言わない。願望は逆で、願望が叶う、隠された願望、と心理の側にしかいない。願望条件、願望日、という欄は存在しません。両側にまたがっているのは、この二字だけです。似た構成の漢語がきれいに片側へ寄っていくなかで、一語だけが分布を二つ持っている。頻度が高い語ほど多義になるという一般則も、こうして近い語を横に並べてはじめて、この語に当てはまっているかどうかを確かめられます。

もっとも、二つに割れていると言い切ると、すぐ反例が出ます。「希望を出しておきました」は事務の言い方ですが、言う人の口調しだいでは願いの色が差す。「希望どおりの配属」は手続きの記述でありながら、当人にとっては十分に情感的です。二字熟語としての結びつきも一様ではなく、希望退職のように、制度の名前になった時点で当人の願いから遠ざかった例もある。境界はなだらかで、はっきり切れているのは分析する側の都合にすぎません。それでも観察として残るものはあります——書き手が無意識に手を伸ばすとき、語だけでなく隣人の群れごと引き寄せてしまう、という点です。頻度の統計が見ているのも、結局は語そのものではなく、語が連れてくる並びのほうです。

だから推敲では、この二文字だけを見ても判断がつきません。前後の数語を一緒に眺めて、どちらの群れから連れてきたかを見る。決定的な場面で「希望を持てる状況になった」と書いてしまうとき、状況、なった、という言い回しが事務側の語彙で、光の比喩が働く余地を潰していることがあります。逆に、事務の場面にわざと情感側の共起を混ぜれば、書類の一行が人物の切実さを帯びる。頻度の話も分布の話も、最後は隣に何を置くかという一点に降りてきます。

文: hakadoru.ai 編集部

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