野望
【やぼう】名詞使い分けの視点
「野望」は本人より他者の口に収まりやすく、欲望への警戒を含みます。「大望」「大志」は肯定へ、「野欲」は貪欲さへ寄ります。宣言だけで人物を型にせず、必要な地図、集める人材、捨てた暮らしなど規模の具体で熱を示します。
同義語
同品詞の類義語
類義句
同品詞の慣用的言い換え
直喩変換
「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩
動詞的言い換え
形容詞・副詞を動詞句に変換
婉曲・強調変換
ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)
「野望」は本人より他者の口に収まりやすく、欲望への警戒を含みます。「大望」「大志」は肯定へ、「野欲」は貪欲さへ寄ります。宣言だけで人物を型にせず、必要な地図、集める人材、捨てた暮らしなど規模の具体で熱を示します。
同品詞の類義語
同品詞の慣用的言い換え
「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩
形容詞・副詞を動詞句に変換
ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)
下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。
例文: 同じ熱を大望と呼ぶか野望と呼ぶかで、観測者の立ち位置が露わになった。
「あの男には野望がある」という文は成立しますが、「私には野望があります」と面接の席で述べる人はほとんどいません。同じ心の傾きを指しているはずなのに、「志」なら自分の口から言えますし、「夢」なら明るく語れます。この二字だけは、他人が誰かを評するときにいちばん収まりがよい。評価があらかじめ語の内側に畳み込まれている——日本語にはそういう語がいくつかあり、これはその筆頭に近い場所にいます。畳み込まれた評価は、文脈をどれだけ整えても完全には剥がせません。肯定的に使おうとすると、話し手はわざわざ「よい意味での」と断りを入れなければならなくなる。断りが必要だという事実そのものが、語の重心がどちらに寄っているかを教えています。
近代の小説は、その畳み込みが生まれる現場に立ち会っています。明治期に学校制度と官吏登用の道筋が整い、生まれ以外の経路で身分が動きうるという感覚が広がると、上を目指す心そのものが物語の主題になりました。二葉亭四迷『浮雲』は、免職になった内海文三と、要領よく昇っていく本田昇を並べて置きます。作者は昇る側を英雄にも悪漢にも仕立てていません。読者が本田をどう呼ぶか——出世家と呼ぶか、野心家と呼ぶか——その選択を宙づりにしたまま話が進む。人物の内側にある同じ熱を、どの語彙で受けるかによって評価が決まってしまう構造が、ここで露わになります。上昇そのものが罪ではない社会で、上昇を語る語彙だけが罪を帯びていく。その落差が、この時期の小説の緊張をつくっています。
ほぼ同じ時期、翻訳を通して入ってきた西洋小説にも、上昇の欲を主人公の駆動力に据えた作品群がありました。スタンダール『赤と黒』のジュリアン・ソレル、バルザック『ゴリオ爺さん』のラスティニャック。彼らを動かすものを日本語に移すとき、訳者たちは「野心」「功名心」「大望」といった複数の受け皿を使い分けてきました。受け皿が複数あるということは、原語の側では一語で足りていたものが、日本語では評価の目盛りごとに分かれているということです。「大望」は仰ぎ見る位置から、「功名心」は少し呆れた位置から、そして問題の二字は警戒する位置から、同じ熱を見ている。語の選択が、そのまま観測者の立ち位置になる。訳語の揺れは訳者の迷いではなく、日本語の語彙体系が要求した申告だったと見ることもできます。
戦後のジャンル小説と映像作品を経て、この語はもう一段はっきりした役割を与えられました。敵役の看板です。世界征服の、覇権の、と結びつく名詞の幅が狭まり、句として固まってしまった。固まった句は便利ですが、便利な句は人物の輪郭を溶かします。この語を掲げた人物が登場した瞬間、読者の頭には既製品の像が立ち上がり、その人物が何を恐れ、何を捨ててそこまで来たのかを想像する余地が閉じてしまう。定型化した語の厄介さは、読者が読み飛ばすこと以上に、そうしたことに気づかないまま先へ進めてしまう点にあります。
ですから、この種の熱を書きたいときには、当人に言わせないほうが結果はよくなります。誰が、どの場面で、誰に向かってこの二字を持ち出すか。それを決めることは人物を規定する作業ではなく、その人物を見ている側の距離を規定する作業です。上役が部下を評して使えば牽制になり、友人が使えば揶揄になり、敵が使えば恐れの告白になり、当人の子どもが使えば断絶の宣言になる。同じ一人の男が、呼ぶ者の位置によっていくつもの別の像を結ぶ。語り手がどこに立っているかを、この一語は静かに漏らします。
文: hakadoru.ai 編集部
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