字を割るところから始めてみます。「惨」は、りっしんべんと「參」でできている。りっしんべんは心。「參」は星座の名であり、三つのものが並び連なる形をかたどったとする説があって、そこから「まじる」の意が生じたと説明されることが多い。心に何かが混じり込む。一方の「悲」は「非」と「心」で、「非」は左右に背き離れるものの形だとする説が古くからあります。背き離れる心。ここまでは字書の字源欄をなぞれば誰でも辿り着けるところで、たいていの解説はここで終わる。
引っかかるのは、その先です。背き離れる心と、混じり合う心。得られた二つの像はどちらも人の内側の記述であって、足し合わせてもこの語が実際に指し示す事態には届かない。使われる場面を思い出せばすぐわかります。焼けた街並み、崩れた家屋、報道の数字。指されているのは書き手の心の状態ではなく、書き手が見てしまった世界のほうです。字の成り立ちは内面から出発しているのに、語の用法は外界に着地している。この一段のずれが、どこで起きたのか。
熟語の並びを見ると、ずれの居場所がもう少し絞れます。二字目を含む語を集めれば、惨事、惨状、惨劇、惨禍、惨敗。並ぶのはどれも外で起きたことの名で、人ではなく光景や結果に貼られている。凄惨も無惨も同じ側にいて、見てしまった側から光景へ差し出される語です。一方で一字目のほうは、悲哀、悲嘆、悲痛のように内面を指す語と、悲劇、悲報のように外の出来事を指す語に割れます。同じ心の部首を抱えた二字が、熟語になったときの行き先で分かれている。この語がどちらへ寄ったかは、隣に並ぶ熟語の顔ぶれを見れば決まってしまう。もっとも、並べただけではどちらが先かまでは言えません。字の性質が熟語の行き先を決めたのか、熟語の使われ方が字の性質を作ったのか。字源の欄は、その順序については何も教えてくれない。
和語と並べると輪郭が出てきます。「いたましい」は「痛む」から来ている。痛みは本来、自分の身体でしか感じられない感覚です。それを他人の状況に向けて使うとき、話者は自分の身体を経由して他人の事態を測っている。和語のほうは、見る者の身体から出発する構造をはっきり残しているわけです。では漢語のほうはどうか。「悲」も「惨」も心の字を持ちながら、二字を組んだ熟語になった時点で、その心は誰の心なのかが宙に浮く。誰の心とも指定されないまま、事態そのものの属性として貼りつく——熟語化が主体を消した、と言うこともできそうです。
訓のほうを見ると、話はもう一段ねじれます。二字目は、単独で読めば「惨め」になる。そしてこちらは一人称で使えるのです。私はみじめだ、という文は成り立つどころか、自分の状態を言うときにこそ選ばれます。一人称で言えるのは、その語が自分を見るもう一人の自分を前提にしているからでしょう。恥ずかしいと同じで、他人の目を借りて自分を測る構えが最初から組み込まれている。同じ字が、訓では内側から、熟語では外側から、別々の位置に立っていることになります。訓にはもう一つ「惨たらしい」もあって、こちらは事態の残酷さを言い、やはり外を向く。一つの字が抱えた訓が、内と外にきれいに割れている。だとすれば主体を消したのは字そのものではありません。字は両方の道を持ったまま、片方だけがこの二字熟語に採用された。採用したのは、この語を必要とした文体のほうです。
とはいえ、これは言いすぎかもしれない。漢語が主体を消すのなら、「悲哀」も「悲痛」も同じになるはずですが、そちらは今も内面の語として通用します。ならば消したのは熟語化ではなく、この語が日本語の中で置かれてきた場所のほうでしょう。近代以降、この二字は災害と戦争と事故の記述に集中して使われてきた。書き手が現場の外にいて、そこで起きたことを読者に伝える文体の中で使われ続けた。用法が場所を作り、場所が語を作り変える。
その痕跡は今も残っています。「悲惨な事故」とは書けるのに、「悲惨な私」とは書きにくい。当事者は自分の状況をこの語で呼ばないのです。だから物語の中で、一人称の語り手にこの語を口にさせると、その瞬間に別の情報が発生する。その人物は自分を外側から眺めている、という情報です。冷静なのか、麻痺しているのか、あるいは誰かに語って聞かせる姿勢を取っているのか。字源から遠く離れたところで、この語は視点の位置を告げる装置になっている。