反面

【はんめん】接続詞

使い分けの視点

二項を対等に並べるなら「一方」、直前を主たる面として裏側を添えるなら「反面」を選びます。「ただし」は条件の制限、「もっとも」は自説への留保、「翻って」は視点の大きな転換に向きます。地の文では、どちらへ評価の重心を置くかが接続語に表れます。

同義語

同品詞の類義語

一方
他方文芸的
その一方で
それに対して

類義句

同品詞の慣用的言い換え

裏を返せば
翻って文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

ただし
もっとも
ともすれば文芸的

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

評価の重心エッセイ関連

例文: 優秀さの後に欠点を置くことで、評伝は評価の重心を前者へ残した。

裏側だけが語になった——片面しか立たない接続表現

原稿の途中で逆接の接続表現を選びかね、「一方」と書いてから「反面」に直し、また戻す、という往復をすることがあります。意味の違いを説明しろと言われると困るのに、置き換えると据わりが変わる。この往復には理由があるはずで、それを頻度と共起の側から見てみたいと思いました。個別の統計値を持ち合わせていないので数字は挙げませんが、分布の癖なら、書きながらでも観察できます。

まず気づくのは、レジスターの偏りです。この語は書き言葉に強く寄っていて、日常会話ではほとんど耳にしません。会話で逆接を挟むときは「でも」「けど」が出てくるので、地の文と会話文で選択肢の集合が別になっている。人物の口からこの語が出た時点で、その人物は書き言葉で話す人として提示されます。硬い、あるいは職業的に整った話し方をする人物の造形に、この一語が寄与する。逆に言えば、砕けた口調の人物に使わせると、そこだけ声が変わってしまう。

次に共起の癖があります。この語は単独よりも「その反面」「反面で」といった形をとりやすく、前に照応すべき内容を要求します。同じことは「一方」にも言えますが、「一方」には決定的な違いがある。「一方では、他方では」という対句を組めることです。対応する相手側の語が存在している。ところがこちらには、対をなす「表面」にあたる接続表現がありません。片側だけが接続詞として自立している。

なぜ片面だけなのかを考えると、字義に行き当たります。反対の面、という構成である以上、面は二つあるはずです。にもかかわらず語として立ったのは裏側だけだった。裏だけが名指されるのは、表がすでに与えられているからです。この語を使う時点で、直前に述べた内容が表であること、つまり主要な側であることが前提になっている。ここが「一方」との差の正体だろうと思います。「一方」は二つを対等に並べる形式で、どちらが主とも決めない。

裏側だけが自立するという性質は、接続表現以外の場所にも顔を出します。反面教師という言い方がそれで、ここでの二文字も、正しい手本の存在を前提にした上で、その裏に回った位置を指しています。手本があるから裏が名指せる。単独では成立せず、常に何かの後ろに置かれる語だという点で、接続表現としての用法と同じ骨格を共有している。同じ字が複数の語に入り込むとき、意味の共通部分よりも、こうした依存の形が共通していることがある。

そう理解すると、往復していた理由が具体的になります。人物評で「優秀だ。反面、協調性に欠ける」と書けば、優秀さが本体で、欠点はそこに付随する影として読まれる。同じ内容を「一方」でつなぐと、二つの性質が並列に立ち、読者はどちらを重く取るか自分で決めることになる。書き手が評価の重心を握るか、読者に渡すか——接続表現の選択は、逆接の種類ではなく、その配分を決めていた。据わりが変わって見えたのは、語感ではなく主従の設計が変わっていたからです。

文: hakadoru.ai 編集部

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