派手

【はで】形容動詞

使い分けの視点

「華美」は贅沢への批判、「煌びやか」「絢爛」は光彩の肯定、「目にうるさい」は過密な不快感です。「派手」は共有された基準からの過剰を評す語なので、対象より評者の時代・立場を露出させます。何と比べ、誰が過剰と見たかを場面に置きます。

同義語

同品詞の類義語

華美な文芸的
煌びやかな文芸的
きらびやかな
ど派手なcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

目を惹く
華やかな
賑々しい文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

孔雀のような
花火めいた文芸的
万華鏡のごとき文芸的
サーカスさながらの

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

これみよがしに文芸的
これ見よがしに
ド派手にcolloquial

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

目を奪う
人目を惹きつける

体言的言い換え

用言を体言に変換

華やぎ文芸的
絢爛文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

ど派手すぎるcolloquial
目にうるさいcolloquial
これ以上ないほど煌びやかな文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

過剰の基準エッセイ関連

例文: 老人と孫では過剰の基準が違い、同じ上着を別の言葉で評した。

裏地に描かれたもの——禁令と灯りが決めた過剰の基準

羽織の裏に、表からは見えない絵を入れる。江戸後期の町人がしていた工夫です。表地は茶か鼠、規制に触れない地味な色でそろえ、裏を返すと極彩色の意匠が現れる。裏勝りと呼ばれるこの遊びが成立するには、条件がひとつ要ります。何がどこまで禁じられているかを、着る側が正確に把握していること。抜け道というものは、線を知っている者にしか設計できません。粋という美意識が、抑制を前提とした技巧として語られるのも同じ理屈です。

幕府は倹約令を繰り返し出しました。享保、寛政、天保——改革と名のつく時期には、衣服や住まいの贅沢がたいてい名指しで規制されています。繰り返されたという事実は、繰り返し破られたことの裏返しでもある。ただ、ここで注目したいのは規制の実効性ではなく、規制が贅沢を定義しようとしたことです。絹か木綿か、金糸を使うか、色は何か、裾の丈はどこまでか。線が引かれてはじめて、線の向こう側を指す言葉が実用に耐えるようになります。非難の語として働くには、共有された基準が要る。基準のない社会では、過剰は単なる好みの差でしかありません。

基準は道徳だけでなく技術でも動きます。夜の明るさがその代表です。行灯の下で見る着物と、ガス灯や電灯の下で見る着物は、同じ布でも同じ色には見えません。暗がりでは彩度の差が潰れ、明るい光の下では細かい色の違いまで判別できてしまう。街路が明るくなり、盛り場の建物の輪郭が電球で縁取られるようになると、目立つために必要な彩度そのものが押し上げられます。競争の単位も変わっていきます。個人の衣装から店の看板へ、看板から通り全体の照明へ。昭和初期の繁華街を写した写真には、建物を光の線でなぞる意匠がよく写っています。染料の事情も同じ方向に働きました。化学染料が普及すると、それまで高価だった鮮やかな色が安価に手に入るようになる。値段で自然に抑制されていたものが意志で選ばれるようになった時点で、色の選択は初めて品性の問題になります。

戦時になると、この語は道徳の領域へ引き戻されました。「贅沢は敵だ」という標語が街頭に掲げられたのは一九四〇年前後のことで、装いの選択が国家への態度と直結させられます。抑制の側に強い圧がかかった時期を経て、戦後の色彩は反転しました。カラーテレビの本放送が始まるのが一九六〇年。画面が色を持ったことで、衣装や看板の色は地域を越えて比較される対象になります。何が過剰かの判定は、それを見た人の数だけ根拠を得ていきました。

だから小説の地の文でこの二文字を置くと、対象より先に語り手の位置が露出します。何をもって過剰と見るかは、その人が育った時代の基準表を反映するからです。七十代の登場人物が孫娘の服を評するときと、同年代の友人が同じ服を評するときとでは、同じ語でも参照している線が違う。批評の語は、批評される側より批評する側について多くを語る——非難のかたちをした自己紹介です。裏地の絵を隠していた町人と、それを隠す必要のない世代とを同じ通りに立たせるだけで、時代の断面は書けます。

文: hakadoru.ai 編集部

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