野性

【やせい】名詞

使い分けの視点

「野性」は生息状態を示す「野生」と異なり、飼育下の者にも残る性質を表します。「獣性」は理性との対立を、「野趣」は自然な味わいを、「粗野」は否定的な人物評を強めます。強い低頻度語なので、章内の配置と観察者の距離を選びます。

同義語

同品詞の類義語

獣性文芸的
荒々しさ
粗野文芸的
野趣文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

飼い慣らされぬ荒さ文芸的
森の息遣い文芸的
野に生きる匂い文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

狼のような文芸的
山猫のような文芸的
未踏の森のような文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

牙を剥く文芸的
荒ぶる文芸的
手負いの獣と化す文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

原始性文芸的
猛々しさ文芸的
ワイルドさcolloquial
武骨さ

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

二度目が一度目を呼び戻すエッセイ関連

例文: 二度目が一度目を呼び戻す強い語なので、語り手は怪物の変貌まで使用を温存した。

一冊に何度置けるか——強い低頻度語の配分

長編一冊の原稿から、この語だけを抜き出して数えてみると、たいてい片手で足りる回数しか出てきません。厳密な統計を持ち出すつもりはなく、あくまで書き手としての体感の話です。ただ、その体感には理由があります。この語は、置かれた地点で読者の注意を確実に引く。引いてしまう語は、たくさんは置けない。

高頻度語と低頻度語では、反復に対する耐性がまるで違います。「目」「手」「言う」は、一ページに何度出ても誰も数えません。透明だからです。ところが低頻度の語は、二度目が出た瞬間に一度目を呼び戻します。読者の中で二つの地点が線で結ばれ、そこに意味があるのだろうと解釈が始まる。作者に意図がなければ、その線は空振りになります。近接反復が事故になるのは、語が珍しいときだけです。

もう一つ、この語は漢語二字であることの負荷を持っています。日本語の文章の硬さは、和語・漢語・外来語という語種の配合で動き、文体の記述では漢語の比率がしばしば手がかりにされます。漢語は一語あたりの情報量が大きく、短い音数に意味を圧縮する。だから漢語を続けると、同じ文長でも密度が上がって硬くなる。「野性的な荒々しさが露呈する」のような一文は、三つの漢語系の語が連続していて、読む速度が落ちます。落ちること自体は悪くありません。問題は、その硬さが二文三文と続いたときです。

文の長さにも癖が出ます。この語は、単独では述語になりにくい。「彼は野性だ」は座りが悪く、「野性的だ」「野性が残っている」「野性を感じさせる」といった補助を必ず要求します。要求される分だけ、文が伸びる。短く切った文の連続でリズムを作っている場面に、この語を落とすと、そこだけ一文が長くなる。逆に言えば、長さの変化を作りたい地点にはよく効きます。

もう一つ、この語には取り違えやすい隣人がいます。生き物が人の手を離れて生きている状態を言うのは「野生」のほうで、こちらは分布や個体数のように数えられる事実を指します。この語が指すのは、飼われている個体にも残りうる性質です。野生の鹿とは書けても、飼い犬について野生とは書けない。しかし飼い犬に野性を認めることはできる。音が同じで字面もよく似ているのに、片方は所在を述べ、片方は質を述べている。変換で入れ替わっても文法上は何も起きないため、校正の最後まで残る種類の誤りになります。

ここで自分の話を疑っておきます。密度が上がるから避けろ、という結論にはなりません。硬さが必要な場面はあります。人物の異質さを一気に立てたいときに、柔らかい和語で回りくどく書くほうが失敗する。計量は、良し悪しを決める道具ではない。決められるのは分布のほうです。同じ硬さがどこに、どれだけ固まっているか。判断はそのあとに来ます。

処方として書けるのは、次の程度です。強い低頻度語は、章あたり一度を上限の目安にする。二度目が要るときは、その語でなければならない理由があるか確かめ、なければ別の言い方に振る。そして一度使った地点を、原稿のどこかに記録しておく——長編では、三十話前に自分が何を書いたかを覚えていられません。頻度の管理は記憶の問題であって、感性の問題ではない。数えられるものは数えて片づけ、感性はもっと数えにくいところに残しておくほうが合理的です。

文: hakadoru.ai 編集部

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