華麗さ

【かれいさ】名詞

使い分けの視点

名詞化した「華麗さ」は、性質を人物から切り離して比較の目盛りに載せます。絢爛や豪奢は物量、煌びやかさは光、装いや饗宴は具体的な構成を示します。基準を一つ置き、袖の弧や足音など先に要素を見せてから名詞で結ぶと、空疎な評価を避けられます。

同義語

同品詞の類義語

絢爛文芸的
豪奢文芸的
煌びやかさ
燦然文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

目を奪う輝き
贅を尽くした装い文芸的
花々しい彩り文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

花火が咲き乱れるような文芸的
満艦飾のような文芸的
宝玉をちりばめたような文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

目を奪う
光を振りまく文芸的
場を飾り立てる

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

豊潤な彩り文芸的
きらびやかな饗宴文芸的
目も綾な盛装文芸的

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

比較の目盛りエッセイ関連

例文: 去年の演者を比較の目盛りに置くと、新人の華麗さが技術として見えた。

「み」の側が塞がっている——目盛りしか取り出せない名詞

深さと深み、重さと重み、甘さと甘み。和語の形容詞は、性質を名詞へ変えるときに二本の道を持つことがあります。ところが漢語のナ形容詞には一本しか通っていない。華麗さは言えるのに、華麗みは言えない。優雅み、壮麗み、豪奢み——口に出した時点でどれも壊れます。書き手が選べる名詞化は、最初から片方だけです。

二本の道は、取り出すものが違います。深みは落ちる場所を指し、甘みは舌に載る手ざわりを指す。片方は状態や感触の側へ寄り、もう片方は目盛りの上の位置だけを抜き出す。使えるのが後者だけなので、構文も測る側にそろいます。増す、欠ける、劣る、及ばない、これほどの——集まってくるのは、どれも比較の枠を持った言い方です。

目盛りには基準点が要る。実務の分かれ目はここにあります。彼女の舞いにはそれがあった、と書いた文は、目盛りの上のどこかを指しながら、どこかを言っていない。読者は自分の物差しを持ち込み、書き手の意図とずれたまま訂正されません。基準はひとつ書けば足ります。前の演者より、去年の自分より、教本どおりの型より。比較の相手が一語入るだけで、宣言だった名詞が測定値に変わる。

欠如の形が強く働くのも、同じところから来ています。欠ける、足りない、及ばないは、基準を先に立ててから差分を示すので、読者は何が揃っているはずだったかを自分で組み立てる。満ちる、あふれる、を誇るは、要素の列挙を読者任せにしたまま終わりやすい。動詞側が意味の半分を運んでいるのだから、名詞を磨くより動詞を選び直すほうが早く効きます。

名詞化にはもう一つ副作用があります。性質が名詞になると、主語の席に座れるようになる。華麗さが場を支配した、と書いた文では、動いているのは人ではなく属性のほうです。人物は文から一歩下がり、その人から剥がれた性質だけが自律して振る舞う。遠くから眺める語りにはこれが効きますし、逆に人物へ寄りたい場面では、書いた本人が気づかないうちに距離が開きます。同じ内容を形容動詞のまま述語に置けば、性質は人物に貼りついたままでいられる。主語に立てるか述語に残すかは、カメラをどこに置くかの選択とほぼ同義です。

感触を書きたい場面では、この名詞では届きません。「み」の側が塞がっているというのは、体に触れる手ざわりとしての名詞化がそもそも用意されていないということです。舞いの手ざわりを出したいなら、名詞をいったん捨てて動作と物へ下ろす。袖の弧、靴音の間隔、息継ぎの位置。要素が並んだあとで一度だけ名詞を戻せば、それは要約ではなく、読者が先に出した答えの答え合わせになります。

台詞に載せるときの条件も、この一点から出てきます。他人を測ってみせる語なので、口に出した瞬間、その人物が持っている目盛りが露出する。批評の言語を自前で持っている者なのか、借り物を運用している者なのか。借り物だと見せたいなら、直後に言い淀みを一つ置けば足ります。測る語を使う者は、自分がどこに立って測っているかを、いつも一緒に申告している。

文: hakadoru.ai 編集部

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