同じ人物評を二通りに書いて、字数を数えるところから始めます。「彼は部下の失敗をいちいち咎め立てするような男ではなかった」で二十八字になります。「彼は寛大だった」なら七字です。伝わる中身はかなりの部分で重なるのに、長さはちょうど四分の一になります。漢語二字の形容動詞は、節ひとつ分の意味を一語に畳み込む圧縮装置として働きます。文章を数で観察する計量文体論の立場から見ると、この圧縮率の高さこそが、この語の性格をほとんど決めています。硬さも、改まった響きも、置き場所の好みも、たいていはここから説明がつきます。
圧縮はまず、文の密度を変えます。語彙密度とは、文を構成する語のうち名詞・動詞・形容詞といった内容語が占める割合のことで、この値が高い文は情報が詰まって硬く、低い文は助詞や補助動詞のあいだに余白ができて、話し言葉に近づきます。二十八字の言い換えには「いちいち」「ような」「ではなかった」と機能語の緩衝材がふんだんに挟まるのに対して、七字の文はほとんど内容語だけでできています。この語の居場所を思い浮かべてみると、恩赦の記事、人事の講評、歴史人物の評伝と、短く断定して次へ進む種類の文章が並びます。会話文に置けば、その硬さがそのまま浮く。「君は寛大だね」という台詞は、どこか儀礼的な、相手との距離を測ったような響きを帯びます。ただし浮くことは欠点ではありません。硬い語をあえて口にする人物という信号に、そのまま転用できるからです。
音も数えておきます。この語は四拍で、二拍目に撥音「ん」が入ります。撥音は音の流れをいったんせき止めるので、語頭側が重くなり、断定に向いた足取りが生まれます。同じ四拍でも、母音がなだらかに連なる和語の類義語とは歩調がまるで違います。文末に据えたとき、「寛大だった」は踵から着地するような音で終わります。評価の重さと音の重さが釣り合っている——この一致が、評言としての据わりの良さを下から支えていると考えられます。
文の長さの分布にも、この語は効きます。長い描写文の内部に埋め込むより、短文として単独で立てたときに強く働く語です。貸した金の返済を催促しない、部下の遅刻を数えていない、報告書の誤字を責めない——そうした行動の描写を数行かけて積み上げたあとに、八字の「所長は寛大だった」で閉じます。文長のばらつき、統計でいえば分散を意図的に大きくする書き方で、この語は短文側の駒として重宝します。置く順序にも測る価値があります。評言を先に出せば、以後の描写はその例示として読まれ、後に置けば、描写全体の結論として読まれます。同じ材料でも、一語の位置ひとつで段落の論理構造が反転するのです。
最後に頻度の話をします。情報理論には、めったに起きない出来事ほど、起きたときに運ぶ情報量が大きいという基本原理があります。語も同じで、ありふれた語は軽く読み流され、まれな語は読者の注意を止めます。この語は日常会話にはめったに現れない、使用頻度の低い側に属する語です。だからこそ一冊の中で三度も四度も繰り返せば、まれさの効き目は確実に目減りしていきます。とっておきの一箇所——たとえば、厳格で通してきた人物が最後に見せる一度きりの赦しの場面——のために温存するのが、計量的には理にかなった運用です。数えることは、感覚を機械に置き換える作業ではありません。硬いと感じた理由に裏付けを与える作業である。字数、拍、分散、頻度の四つの物差しは、推敲で迷ったときにだけ取り出せばいい道具です。