原稿の同じ表記に、校正で二種類のルビ案が付いて戻ってきたことがあります。あでやか、と、つややか。どちらも成立する。表記が同じで、読みが二つあり、意味も重なりながらずれている。訓読みの重なりというだけの話に見えて、追いかけていくと、日本語の形容動詞がどう作られてきたかという場所に出ます。
共通しているのは末尾の「やか」です。この接尾は状態の様子を作る古い部品で、にぎやか、さわやか、しとやか、あざやか、こまやか、ゆるやか——並べてみると、語幹の側が単独では自立しないものが多い。にぎ、さわ、しと、あざ。これらは現代語として独立に使えません。接尾のほうが生き残り、語幹が化石化している。似た働きの接尾に「らか」があります——なめらか、あきらか、ほがらか、やわらか。「やか」と「らか」は分布が部分的に重なりながら、どちらか一方しか取れない語幹が大半です。清らか、とは言えても清やか、とは言わない。この非対称の理由は簡単には説明できません。
あでやか、の語幹については、貴いことを表す古語との関係を指摘する説があります。断定はできませんが、もしそうなら、この語は本来「気品がある」に近い評価語で、光沢の意味を持つ字を表記に借りた結果、つややか、と地続きの見た目になったことになる。読みの二重性は、意味の二重性が先にあったのではなく、表記が後から二つの語を同じ形に合流させた事故かもしれない。
文法的なふるまいを見ると、この語が原稿で何をするかがはっきりします。ナ形容詞なので、連体形は「な」、連用形は「に」、名詞化は「さ」。実際の文章では連体と連用に偏り、「艶やかだ」と文末に据える形はあまり使われません。理由はおそらく、述語に置いた瞬間にそれが語り手の断定になるからです。連体形で名詞に貼りつけておけば、描写は流れを止めずに進む。共起の制限もあります。着物、髪、花には自然に付き、金属や機械にはまず付かない。物理的な光沢だけを言いたい場面で選ぶと、余分な評価が付いてきてしまう。
名詞化した形にも癖があります。「艶やかさ」と言うと、対象から性質を切り離して取り出すことになり、文の焦点が人や物から属性へ移る。描写文では焦点がぼやける方向に働くので、地の文よりも論評や回想と相性がいい。連用形にも似た性質があって、「艶やかに笑う」のように動詞を修飾させると、性質が動作へ流れこみ、静止した描写が動き出す。同じ語幹から作られる三つの形が、文のどこに焦点を置くかをそれぞれ違う場所へずらしている。品詞の選択は、飾りの選択ではなく焦点の選択です。
つまり品詞の枠が、使いどころをかなりの部分まで決めている。連体形に置いて名詞の前を通過させるなら、この語は描写の速度を落とさずに情報を足せます。述語に立てると視点が語り手に固定され、人物の内側に密着していた語りが一段外へ出る。読みが二つあることへの対処も、そこから逆算できます。どちらで読ませたいか決まらないうちは、この表記を選ばないほうが早い。決まっているなら、直前の語の拍数と語調を整えて、読者が迷わない側へ倒す。ルビは最後の手段であって、最初の手段ではありません。