愛する

【あいする】動詞

使い分けの視点

「愛する」は、口にすれば誓いのように重く、地の文では観念的に響きやすい動詞です。親愛なら「慈しむ」、不在への切望なら「恋う」、抑え難い熱なら「情念」と、感情の向きと持続を選び分けます。直接言わせず、人物の行動や景色に託す迂回も有効です。

同義語

同品詞の類義語

慈しむ文芸的
恋う文芸的
慕う

類義句

同品詞の慣用的言い換え

心を寄せる
胸に抱く文芸的
想いを寄せる

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

宝物のような
太陽のような
生命のような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

熱烈に文芸的
一途に文芸的
ひたむきに

体言的言い換え

用言を体言に変換

恋慕文芸的
想い
情念文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

目を細める
胸を高鳴らせる文芸的
心を奪われる

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

大切にする

例文: 母が大切にしてきた時計を直すことが、彼なりの別れの儀式だった。

言わずに示すエッセイ関連

例文: 船長は帰還を待つと一度も口にせず、空けたままの席で言わずに示した。

翻訳がつくった他動詞——明治の文人が持てあました一語

明治の翻訳者たちが英語の love を前にして立ち往生した、という話は翻訳史の定番です。当時の日本語で男女の情を指す語は「恋」「情」「色」などに割れており、どれも、対等な人格どうしが持続的に向け合う感情という原語の中身とずれていました。「色」は遊里の匂いが強く、「恋」は思い焦がれる一時の心の乱れに傾く。翻訳語の研究で知られる柳父章は、この空隙を埋めるかたちで「恋愛」という語が明治期に定着していく経緯を描いています。概念が先にあって語が生まれたのではなく、訳せないという不便が概念ごと語を呼び込んだ、という順序です。

動詞の側にも似た来歴があります。「愛す」自体は漢文訓読以来の古い語ですが、その用法は、親が子を、君主が民を、人が花鳥を、といった目上から目下への慈しみに大きく偏っていました。しかも仏教語としての愛はむしろ警戒の対象で、「渇愛」という語が示すとおり、断つべき執着として否定的に扱われた歴史を持ちます。この語を対等な男女が向け合う感情の中核動詞に据えたのは、聖書の翻訳や西洋小説の移入が開いた近代の新しい用法だと考えられています。「神は愛なり」という訳文の愛、love の受け皿としての愛。慈しみと執着の古い二層の上に、翻訳がもう一層を積んで、古い動詞に別の背骨を通したわけです。

北村透谷が評論「厭世詩家と女性」を「恋愛は人世の秘鑰(ひやく)なり」と書き出したのは明治二十五年でした。恋愛こそ人生の秘密を開く鍵だと宣言するこの一文は、当時の青年たちに強い衝撃を与えたと言われます。色でも情でもない、人格と人格の出会いとしての恋愛。その理念を支える述語として、「愛する」は近代文学の中心へ押し出されていきました。

ところが面白いことに、この動詞を台詞に置くことへのためらいも、ほとんど同じ時期に始まっています。二葉亭四迷がツルゲーネフの小説を訳したとき、女性の側の愛の告白を「死んでも可いわ」と意訳した逸話は広く知られています——後年 I love you の名訳として語られがちですが、原文はロシア語で、直訳すれば「あなたのもの」に近い一語だったとされます。夏目漱石が同じ英文を「月が綺麗ですね」と訳させたという話も並べて語られますが、こちらは確かな典拠が見つかっていない俗説です。それでも俗説のほうまで広く愛されている事実は、感情の動詞を直接言うことへの日本語の照れを、かえってよく物語っています。言わずに覚悟や景色へ移し替える——この迂回の技術は、移入の当初からすでに発達していた。

つまりこの動詞は、日本語の中で百五十年を過ごしてなお「翻訳の匂い」が抜けきっていません。台詞で言わせれば芝居がかり、地の文で使えばどこか観念的になる。しかしそれは欠陥ではなく履歴です。人物がこの一語を口にするまでの抵抗や回り道を書けば、明治以来の日本語がこの動詞に払ってきた苦労が、そのまま場面の緊張へ変換されます。ためらいの厚みごと使える語は、実はそれほど多くありません。

文: hakadoru.ai 編集部

エディタで直接置換して執筆を加速

SaaS エディタではシソーラスの結果をワンクリックで本文に反映できます

無料で始める →