翻訳の途中で手が止まる語があります。英語の文章に secret、private、confidential、classified が近い場所に並んでいて、日本語ではどれも「秘密」で受けられそうに見える。受けられるのに、受けてしまうと何かが落ちる。落ちるものが何なのかを言葉にするのに、しばらくかかりました。
英語側の四つは、隠れ方の理由がそれぞれ違います。secret は共有されていない状態そのもの。private は立ち入られない領域の指定で、隠すというより境界を引く語です。confidential は con- と fides、つまり信を共にする、委ねられているという成り立ちを持っている。classified に至っては分類済みという意味しかなく、制度が等級を付けた結果として見せないことになっている、という手続きの話です。理由、境界、信頼、制度。四つの別々の原理が、日本語では一つの熟語の下に折り畳まれる。
日本語側を割ってみると、事情はもう少し込み入っています。「祕」の旧字は示偏を持ち、示は祭壇をかたどるとされる。神事に関わって隠されるもの、という含みがここにあった、と説明されることが多い。ドイツ語の Geheimnis が heim すなわち家から作られ、内輪のものと神秘の両方を指すのと、方向がやや似ています。隠されたものが聖なるものへ滑る道筋は、いくつかの言語で独立に踏まれてきたらしい。ただし現代日本語のこの語から、その宗教的な残響を聞き取るのは難しい。摩耗して、ただ「知られていない」に均されている。
ここで自分の観察を疑ってみます。本当に均されたのか。「秘密」と「非公開」を入れ替えてみると、入れ替わらないことに気づく。企業の非公開情報とは言えても、企業の秘密と言うと途端に語が湿る。制度が隠している場合には使いにくく、人が人に対して隠している場合に馴染む。つまりこの語には、隠す側と知らされない側という二つの項が、暗黙のうちに埋め込まれている。均されたのではなく、別の軸に寄ったのです。
その軸のせいで、翻訳は逆向きにも詰まります。「二人だけの秘密」は our secret でおおむね済む。しかし日本語は「秘密にしておいて」と言うだけで、誰に対して隠すのかを言わずに済ませられる。英語なら keep it a secret from whom を、文脈が埋めるか、埋まらなければ据わりが悪い。日本語は相手を明示しないまま関係だけを立てられる——この省略の許容度が、そのまま訳しにくさの所在になっている。
だとすると、物語の中でこの語を扱うときに設計すべきは情報の中身ではありません。設計すべきは、誰が知らないかという配置のほうです。同じ事実でも、親だけが知らないのか、恋人だけが知らないのか、読者だけが知らされているのかで、語の重さが変わる。隠された内容が明かされたとき読者が受け取るのは、内容そのものよりも、その配置が崩れる音のほうだと思います。