一メートルの長さは、これまでに何度も定義し直されています。白金の原器が基準だった時代があり、現在は真空中の光が一定の時間に進む距離として定められている。一九八三年の国際度量衡総会での決定です。この間、一メートルという長さそのものはほとんど変わっていません。変わったのは、どこまで一致していれば「同じ」と言ってよいかについての合意のほうです。そう考えると、この語が名指しているのは対象の性質ではなく、合意の細かさなのだという気がしてきます。
日本がメートル条約に加入したのは一八八五年、明治十八年でした。ただし尺貫法との併用は長く続き、実務の現場で単位が一本化されるまでにはさらに時間がかかっています。ここで想像したいのは、統一以前の状態です。同じ「一寸」が土地によって微妙に違う。取引のたびに、どちらの物差しで測るかの交渉が要る。全国で同じ物差しを共有するというのは、精度の問題である前に——測る技術の問題である前に——まず制度の問題でした。この語が近代語として重みを持つのは、こういう背景と切り離せません。
同じころ、時刻についても似た作業が進んでいます。明治二十一年から、東経百三十五度の子午線を基準とする標準時が日本で用いられるようになりました。それ以前、時刻は土地ごとの太陽の位置で決まっていて、東と西で数分から十数分のずれがあっても誰も困らなかった。困りはじめたのは鉄道です。いくつもの駅が一枚の時刻表を共有するには、分の単位まで合っていなければならない。ここでも動いたのは時間そのものではなく、どこまで一致していれば「同時」と呼ぶかの合意でした。長さと時刻という最も基本的な二つの量について、明治の日本は二十年ほどのあいだに合意の枠を作り直しています。鉄道の時刻表がしばしば近代化の象徴として語られるのは、それが分という細かさで全国を縛った最初の文書だったからでもあるでしょう。時計を自分で合わせておくことが、そこから生活の側の義務になりました。
合意は結んだ時点で完成するものでもありません。原器を基準にした時代には、複製が各国に配られ、定期的に本器と突き合わせる作業が要りました。金属は経年で寸法が変わりうるので、比べ続けなければ一致は保証されない。定義を光の速さに預ける決定は、この維持の手間を減らす方向の選択でもあります。物として存在する基準は保管と点検を要求し、法則として書かれた基準は要求しない。精度を上げる話に見えて、運用の負担をどこに置くかの話でもあったわけです。
同じ時期、別の場所でも似た運動が起きています。十九世紀の解析学です。それまで無限小はかなり直観的に扱われていて、便利だが理屈が通っていない道具のままでした。コーシーやワイエルシュトラスらの仕事を通じて、極限が論理的な形で定義し直されていきます。この過程が「厳密化」と呼ばれる。注意したいのは、これが何かを増やす作業ではなかったことです。直観に頼ることを禁じ、使ってよい前提を減らしていく作業だった。得たものより捨てたもののほうが多い。
字の組み立てを見ておくと、この語の立ち位置がはっきりします。厳も密も、隙間がないことを言う字です。近い語と並べると、精密の「精」はより分けることに、緻密の「緻」は細かく織ることに寄っている。厳密だけが、規律や監視の含みを持つ字を先に立てている。誰かが誰かに向けて要求する語として使われやすいのは、この字面のせいでもあるはずです。ところが日常会話に降りてくると、この語はまったく逆に働きます。「厳密には違うんだけど」と言うとき、話し手は精度を上げようとしているのではありません。むしろ、これから先の細かい話には立ち入らないという合図として使っている。厳密さを持ち出すことが、厳密な議論を回避する装置になっている。ここは長く引っかかりました。おそらく、精度を上げる作業に費用がかかることを双方が知っているからで、その費用を今は払わないという申し合わせが、この副詞句に凝縮しているのだと思います。
書く側にとって使えるのは、この語が時代と職業を同時に語ってしまうという点です。一八八〇年代の測量技師が要求する一致と、現代の校閲者が要求する一致は、内容がまったく違う。前者は道具と手順の一致を求め、後者は表記と事実の一致を求める。同じ語で、照合される二項がまるごと入れ替わっている。人物にこの語を言わせるなら、彼が何と何のずれを問題にしているのかを一行で示す。それだけで、その人物がどの制度の内側にいるかが決まります。