目を見張る

【めをみはる】動詞句

使い分けの視点

「目を見張る」は、予想外の情報に瞼が開く一瞬を捉え、驚きの内訳までは決めません。「瞠目する」は硬く、「舌を巻く」は能力への感嘆を、「見開く」は身体だけを示します。反応の直後に何を見続けたかを置き、驚きの色を決めます。

同義語

同品詞の類義語

瞠目する文芸的
驚嘆する文芸的
感嘆する
見開く

類義句

同品詞の慣用的言い換え

瞳を大きく開く
舌を巻く
感心しきりcolloquial

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

皿のような瞳colloquial
童のような驚き方文芸的
雷を浴びたように文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

あんぐりとcolloquial
まじまじと

体言的言い換え

用言を体言に変換

驚嘆文芸的
感嘆

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

舌を巻くほど驚く
胸を高鳴らせる文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

開いた入口エッセイ関連

例文: 開いた入口のような瞳へ、次々と新しい景色が流れ込んだ。

見張りは瞼を開かない——開口部としての驚き

夜通し海を眺める役目のことを、日本語では見張りと呼びます。灯台の当番も、城の物見も、同じ語で括られてきました。けれども彼らに要求されるのは、瞼を大きく開くことではありません。視野を広く保ち、注意を切らさず、変化の兆しを取り落とさないこと——つまり時間の側の持続です。ところが同じ動詞が驚きの表現に転じたとたん、意味の重心は持続から一瞬へ、時間から空間へと移ります。片方は緊張を保ち続けることを、もう片方は入口が急に広がることを担っている。一つの語の中に、まったく質の違う二つの像が同居しています。

橋渡しをしているのは「張る」という和語です。幕を張る、氷が張る、根を張る、糸を張る。いずれも、あるものが面や領域を占めて広がり、そのぶん緊張を帯びるという事態を指します。この動詞を目に対して使うとき、写し取られているのは筋肉の細かい運動ではなく、視覚の受け入れ口の面積が拡大するという出来事です。認知言語学では、心を容器として捉えるメタファーがさまざまな言語で観察されると言われますが、この表現もその系列に置くことができます。驚きとは外から到来した情報が処理の容量を超えることであり、日本語はその超過を、容器の入口が広がる像で言い表している。

興味深いのは、この写像が生理の側の事実とかなり正確に重なっている点です。強い驚きに際して瞼が上がり、瞳孔が広がることは、交感神経系の反応として広く知られています。つまりこの言い回しは比喩でありながら、実際に起きる身体の変化を写生してもいる。空間的な像と生理的な事実が一致しているために、何百年使われても摩耗しにくいのだと考えられます。慣用句の多くは身体から切り離されて単なる記号になり、やがて意味の実感を失っていきますが、これは身体に繋ぎ留められたまま残った。手を貸す、腹を割るといった表現が身体から離れて久しいのと比べると、この差は小さくありません。

繋ぎ留められていることは、書き手にとっては制約でもあります。開瞼という身体反応は一瞬で終わり、長くは続かない。数秒にわたって見開いたままの顔は、驚きよりも硬直や恐怖の相を帯びてしまいます。したがってこの表現は、持続する感嘆には向きません。三日間の旅程を通じて積み上がった感動をこの一語でまとめようとすると、読者の内側に像が結ばれず、単なる評価語として素通りされる。逆に、扉が開いた瞬間、封筒の中身が見えた瞬間、名簿の末尾に自分の名を見つけた瞬間といった一点に打てば、そこだけ時間の解像度が上がります。開口部のメタファーは、時間の幅を持てないぶん、位置の指定には強い。

もう一段だけ踏み込むと、この語は驚いた側の内面を何も語らない、という性質を持っています。開いたのは入口であって、部屋の中で何が起きたかは書かれていない。だから群衆の反応を一息でまとめるには便利ですが、そこで止めれば人物は空洞のままです。入口の広さを述べる言葉である以上、その先にある部屋の中身を書く責任が残ります。開いた瞬間ではなく、開いたあとに彼が何を見続けてしまったか。視線が動かせなくなった時間の長さこそが、驚きの深さを測る目盛りになります。

文: hakadoru.ai 編集部

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