現実

【げんじつ】名詞

使い分けの視点

「現実」は夢、理想、虚構、建前など複数の対義語を持ち、文脈ごとに顔が変わります。「実情」は隠れた事情、「実態」は調査対象の姿、「事実」は真偽を確定する情報です。何に対する現実なのかを定め、物の存在か人物へ働きかける力かを具体化します。

同義語

同品詞の類義語

実情
実態
事実
世俗文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

目の前の世界
有り様のまま文芸的
手触りのある世界文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

石のような
鉄壁のような文芸的
冷たい水のような文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

地に足をつけるcolloquial
正面から向き合う
目を覚ますcolloquial

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

動かしがたい事実文芸的
日々の営み
生身の世界文芸的

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

ものと働きエッセイ関連

例文: 机の現実にはものと働きの両面があり、存在だけでなく、ぶつかった膝を押し返した。

「もの」の系譜と「働き」の系譜——reality が一語に訳し切れない理由

ドイツ語で現実を意味する Wirklichkeit という名詞は、働く・作用するという意味の動詞 wirken から作られています。語形をそのまま読み下せば「働いてくるものであること」。この言語の感覚では、現実とは、こちらに作用してくる何かです。机が現実であるのは、単にそこに在るからではなく、手を突けば体重を支え、脛をぶつければ痛いから。頭の中の観念とそうでないものとを分ける決め手は、働きかけてくる力の有無だ——そういう発想が、単語の造りそのものに刻まれています。翻訳論や哲学の入門書で繰り返し引き合いに出されるのは、この語形が思想を運んでいるからです。

一方、英語の reality は、もの・事物を意味するラテン語の res に遡ります。形容詞 real はもともと「ものに関わる」という意味で、不動産を指す real estate という法律用語には、その古い用法の痕跡が残っています。この系譜では、現実とは「ものであること」。フランス語の réalité も同じ根から出ています。つまり西欧語の内部に、すでに二つの系譜が併走しているのです。同じ概念を「もの」の側から捉える線と、「働き」の側から捉える線。机の重さに注目するか、机が押し返してくる力に注目するか、と言い換えてもよい。どちらも正しく、どちらも半分です。

英語はさらに actual という別の形容詞を持っています。こちらはラテン語の actus——行為——に由来し、「いままさに働いている」という含みを持つ点で、むしろドイツ語型の発想に近い。哲学の翻訳では、この区別を reality=実在性、actuality=現実性と訳し分ける習慣が定着しています。実在性は「ほんとうに有るのか」を問い、現実性は「いま現に働いているのか」を問う。ところが日常の日本語はこの二つを一語で引き受けています。訳語として丁寧に整備された区別が、日常語のレベルでは一語に畳み込まれている。翻訳のしにくさというものは、たいていこうした畳み込みの場所で発生します。

漢語としての内訳も見ておく価値があります。現は「あらわれている」、実は草木のみのり、転じて中身や実質。あらわれていて、しかも中身がある、という造りです。「もの」でも「働き」でもなく、可視性と充実との組み合わせ。西欧の二系譜のどちらとも重ならない、第三の造形だと言えます。この語の振る舞いで面白いのは、対義語が文脈ごとに入れ替わる点です。夢、理想、虚構、建前——向かい合う相手が少なくとも四つある。対義語を四つ持つ語は、四つの顔を持つ語です。英訳の現場でも「現実的な人」は文脈次第で realistic にも pragmatic にも down-to-earth にもなり、一対一の対応を頑固に拒みます。

小説の実務に引きつけるなら、この語を書く前に、どの対義語を背負わせるかを決めておくことが役に立ちます。夢から覚める場面でのそれは「夢ではないこと」であり、借金の返済を数える場面でのそれは「理想を許さないこと」である。同じ二文字でも、立てている対立軸が違えば、読者の中で起動する感覚がまったく違います。読者はこの訳し分けを無意識にやってのけますが、書き手まで無意識のままだと、軸の混ざったぼやけた一語になる。四つの顔のどれをカメラに向けるかは、書き手が握っている数少ない調整箇所です。

文: hakadoru.ai 編集部

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