手荒い

【てあらい】形容詞

使い分けの視点

乱暴なは過剰な力、無造作なは注意の不足、ぞんざいなは扱いへの軽視を含みます。手荒いは押す、引く、扱うなど力を受ける対象のある動詞と結び、何が傷つきうるかを明らかにします。

同義語

同品詞の類義語

乱暴な
無造作な
ぞんざいなcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

物に当たり散らすようなcolloquial
扉を蹴り開けるcolloquial
段ボールを叩きつけるcolloquial

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

荒波にさらわれるような文芸的
工事現場の機械のような文芸的
鉈を振るうような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

乱暴に
がさつにcolloquial
荒っぽくcolloquial

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

引きずり出す
突き飛ばす
叩きつけるcolloquial

体言的言い換え

用言を体言に変換

乱暴
暴力沙汰
狼藉文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

肩を押さえて顔をしかめる
壁に背をぶつける
歯を食いしばる文芸的

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

手荒く扱うエッセイ関連

例文: 追跡者は古文書を手荒く扱うたび、必要な頁を自分で破いていった。

手荒く微笑むことはできない——共起が決めている境界

輸送用の梱包は、丁寧に運ばれる前提では設計されません。一定の高さから落として中身が無事かを確かめる試験があり、角から落ちた場合、面から落ちた場合と、条件が細かく分けられている。そこで想定されているのは誰かの悪意ではなく、箱に加わる力の大きさと向きです。この場面で「手荒い扱い」という言い方が正確に働くのは、扱われる対象と、加わる力と、その向きが最初から決まっているからでしょう。三つのうちどれかが欠けると、この形容詞は途端に行き場を失います。日本語の形容詞の多くは、対象がはっきりしなくても文のどこかに収まってくれるものですが、この語はそこがかなり厳しい。

「手荒く微笑む」とは書けません。「手荒く歩く」も落ち着きません。ところが「手荒く扱う」「手荒く引き剥がす」「手荒く放り出す」なら、どれも引っかかりなく通ります。三つ並べてみると条件が浮かびます。この連用形が付いていけるのは、対象があって、その対象へ力が伝わる動詞だけです。笑うことにも歩くことにも力の受け手がいない。修飾する先がないから、意味が届く前に構文が拒む。乱暴かどうかという語感の問題ではなく、格の問題として先に決着がついています。

述語に置いたときと、名詞にかけたときでも座りが変わります。「手荒い歓迎」「手荒い真似」「手荒い扱い」は安定しますが、「彼は手荒い」は言い終わったあとに宙に浮いたまま止まる。形容詞には、個体の恒常的な性質を述べるものと、その場かぎりの出来事の様子を述べるものがあり、両者は文法的なふるまいが違うと説明されます。この語は明らかに後者へ寄っている。人柄を述べる位置では支えを失い、出来事を指す名詞にかかるときにだけ落ち着く。実際、人物の性質として書きたければ「手荒いところがある」のように出来事側の名詞を一つ挟むことになります。挟んだ瞬間に文は立ちます。

同じ語幹に、イ形容詞とナ形容詞の二つの形が併存している点も見逃せません。手荒い真似、と言うこともできれば、手荒な真似、とも言える。自由な言い換えのようでいて、出てくる場所は分かれています。ナ形は禁止や制止の文脈に寄り、手荒な真似はよせ、といった定型に収まりやすい。イ形のほうは描写に寄り、出来事の様子を述べる位置で安定する。副詞的に使うときも、手荒く扱うと手荒に扱うが並び立ち、後者はやや硬く、報告書の調子を帯びます。命令の文脈と描写の文脈——活用の型を替えるだけで、一つの語幹がそこへ振り分けられている。どちらを選ぶかは語感の問題に見えて、実際には文の目的の問題です。台詞で人物に制止させたいのか、地の文で起きたことを写したいのか。先に決まっているのは目的のほうで、活用はそれに従って選ばれる。逆から入ると、止めたいのか描きたいのか判然としない一文ができあがります。

面白いのは、同じ接頭要素を持つ仲間が同じようにはふるまわないことです。手厚い、手強い、手痛い、手広い——この「手」はもはや身体の手ではなく、行為のやり方を指す抽象化した部品になっています。ところが「彼は手強い」は述語位置でまったく自然で、人物の恒常的な性質として通る。「手厚い」は「手厚い看護」のように連体で使うのが優勢で、「彼は手厚い」は座りが悪い。語彙としては一つの系列に見えるのに、統語的な性格はばらばらです。語形の系列と文法のふるまいは、そろって動くとは限らない。

表記も、この統語的な性格と無関係ではありません。「荒い」と「粗い」は音が同じでも受け持つ範囲が違い、前者は勢いや制御の欠如、後者は粒の大きさや精度の低さを指します。この語が結び付くのは常に前者です。だから、雑な仕上げや詰めの甘さを言いたい場面では使えない。連用形にして副詞的に振る舞わせても、勢いという成分は落ちません。「手荒く並べる」と書けば、並べる速度と力が読者の頭に立ち上がってしまい、配置の粗さは伝わらない。

つまりこの語を選ぶとき、書き手が実際に選んでいるのは形容詞ではなく、その直後に来る動詞のほうです。力の伝達を含む他動詞を用意できなければ、修飾語だけが浮いて残る。乱暴な人物の描写が滑るのは、たいてい形容詞を先に置いて、あとから動詞を探しにいったときです。順序を逆にする。何を、どう掴み、どこへ動かしたのかを先に決める。動詞が決まっていれば、この語は自分の居場所を自分で見つけます。見つからないときは、書こうとしている動作のほうがまだ決まっていない。

文: hakadoru.ai 編集部

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