変換候補に一発で出てくる四字熟語と、途中でつまずく四字熟語があります。差は語の格ではなく、入力システムの辞書に一語として登録されているかどうかです。登録されていれば四文字がひとまとまりで出る。されていなければ二文字ずつに分かれ、書き手は二回に分けて確定させることになる。同じ表現でも、機械の側では「一つの単位」か「二つの単位の連結」かが分かれている。この揺れは変換だけの話では終わりません。
形態素解析でも同じ分岐が起きます。解析器の辞書がこれを一語として持っていれば一つの形態素として出力され、持っていなければ二つに分割される。分割されると、頻度統計を取ったときにこの表現は集計から消え、代わりに前半と後半が別々に数えられる。全文検索でも影響が出ます。単語単位の索引では、辞書の切り方に一致した検索語しか当たらない。文字の並びを機械的に区切って索引する方式なら部分一致は取れますが、無関係な語との衝突が増える。どちらを選ぶかは設計上の判断で、正解は用途によって変わります。
文字そのものにも段差があります。後半二字のうち一方は常用漢字表に含まれていません。表外字を含むという事実は、組版や読みやすさの判断に直結します。総ルビにするのか、その語だけに読みを添えるのか、あるいは開いてしまうのか。四文字を一語として扱う気持ちと、字ごとに扱いを変えざるを得ない現実とが、ここで少し噛み合わなくなる。検索の側にも似た問題があって、異体字や旧字体で書かれた同じ語を同一視するには、比較の前に文字列を決まった形へそろえる処理が要る。そろえ方の基準が違えば、同じ検索語が別の結果を返す。
もう一つ、誤記の話。似た形の別語との距離を文字単位で測ると、多くの誤記は一文字違いに収まります。一文字置き換えれば正しい形に戻るという意味で、機械的な検出は難しくない。ただし距離が一だから直してよい、とは限らない。一文字違いの位置に、意味の通る別の語が存在することがあるからです。距離の小ささは候補を絞る手がかりであって、判定そのものではない——この区別を曖昧にした自動修正は、原稿を静かに壊します。
圧縮の観点から見ると、定型句の性質はもっと露骨に出ます。辞書式の圧縮では、以前に現れた同じ並びを一つの参照に置き換える。よく出る決まり文句ほど短い符号に畳まれ、ファイルの中で占める場所は小さくなる。畳めるということは、その並びが情報をあまり運んでいないということでもある。四字が固定連であるとは、頭の三字が現れた時点で残りがほぼ決まるということで、予測が当たる列は情報としては軽い。
だから使うべきでない、と結論したくなりますが、そこは踏みとどまります。予測が当たることは読みの速度を上げるからです。人物の第一印象を素早く通過させたい場所では、定型はむしろ正しい。掘り下げる場面でこれを置いたときにだけ、そこだけ情報量が落ちて文章が薄くなる。問題は語ではなく、置いた場所にあります。同じ人物を二度目に描くときに同じ四文字を使ってしまったら、そこが畳まれた箇所です。