この語の漢字は、力の強と心の動きを含む情が並ぶ。頑固・意地っ張り・頑な、といった類義は、表記が和語寄りだったり、固や意など別の漢字核を持つ。強情と書いた瞬間、読者は漢語的な人物評——少し改まった、あるいは説教じみた距離——を受け取りやすい。仮名でごうじょうと開くと、音の印象が先に立ち、漢字の倫理的な色が薄まる。表記の選択は、評価の厳しさを一段変える装置になる。装置を意識せずに混ぜると、同じ人物が章ごとに別人の倫理を帯びて見える。見えるずれは、意図しないキャラ崩壊に似る。似た崩壊は、設定の矛盾より表記の揺れから起きることがある。揺れは、小さな字面の差から始まる。
読みの層も、表記が運ぶ評価に関わっている。この語の強はゴウと読む。同じ読みを持つ熟語を並べると、強引、強盗、強欲——押し通す、奪う、貪る、といった方向へ偏る。キョウで読む強制、強化、強調が、中立か制度的な語に流れるのとは対照的だ。一つの字に二つの読みの層があり、片方に否定的な評価語が溜まっている。字面を見た読者は、その字の意味だけでなく、同じ読みを共有する語群の記憶ごと受け取る。ゴウの列に並んでいる以上、この語は最初から少し押しの強い側に立っている。位置を動かしたければ、仮名に開くか、評価をやめて行為の描写に置き換えるしかない。
送り仮名や活用の揺れは少ないが、隣接表記との境界が問題になる。強情を張る、強情を通す、は慣用に近い。強情な態度とナ形容詞的に使うか、名詞として扱うかで、文の骨組みが変わる。辞書や教科書では品詞の扱いが揺れる語群の一員であり、創作では一貫した表記方針の方が読みやすい。同じ章で漢字と仮名を混ぜると、評価の温度が不安定に見える。不安定さ自体を演出に使うなら意図的に、そうでなければ固定する。固定はスタイルガイドの一行で足りる。足りるからこそ、最初に決める価値がある。決めた方針は、推敲のチェックリストにもなる。チェックリストは、後からの揺れを止める。
常用漢字表に両方の字が入っているため、新聞や一般書でもこの表記が通りやすい。対して頑なは送り仮名の慣習が読者ごとに違い、意地っ張りは口語の親しみが強い。媒体のトーンに合わせて漢字語を選ぶと、地の文の時代感や語り手の教養がにじむ。明治期の翻訳調を思わせたい場面では漢語が効き、現代の会話では和語の方が摩擦が少ない。摩擦の量は、キャラクターの年齢や職業にも連動する。連動を無視すると、台詞だけが浮く。浮いた台詞は、設定表と地の文のあいだに隙間を作る。隙間は、読者の信頼を少しずつ削る。削られた信頼は、大きな事件より先に物語を弱くする。
否定的な評価語として使われることが多いが、物語では美徳に反転しうる。折れない意志を、敵側の視点からこの語で呼べば、読者は評価の非対称を感じる。表記はその非対称を固定するラベルだ。ラベルを外して行為だけを書くと、頑固さは描写に溶ける。溶かしきるか、漢字二文字で刻印するか。どちらも正しいが、刻印したあとに説明を重ねると冗長になる。表記史の観点では、残った漢字が、残った倫理的ニュアンスでもある。残ったニュアンスを使うか捨てるかが、文体の選択になる。選択のあとで説明を足す必要がない状態が、いちばんきれいだ。きれいな表記は、評価を語りすぎない。