愛おしむ

【いとおしむ】動詞

使い分けの視点

「愛おしむ」は心情だけでなく、撫でる、眺める、しまうといった時間幅のある行為を伴う動詞です。平穏な庇護には「慈しむ」、身体動作には「撫でる」、恋しさを前に出すなら「思慕」が合います。失われうるものだという影を場面に添えると、行為の丁寧さが意味を持ちます。

同義語

同品詞の類義語

慈しむ文芸的
可愛がるcolloquial
慈む文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

胸に抱く文芸的
頬ずりするcolloquial
目を細める

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

宝物のような
掌中の珠のような文芸的
雛鳥のような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

しみじみと文芸的
慈しみ深く文芸的
大切そうに

体言的言い換え

用言を体言に変換

慈しみ文芸的
思慕文芸的
情け

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

撫でる
頬ずりするcolloquial
抱きしめる

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

惜しむエッセイ関連

例文: 汽笛が鳴ると、彼女は夏の終わりを惜しむように、開いた窓から手を離した。

名残を惜しむエッセイ関連

例文: 解体前の観覧車で、整備士たちは最後の景色を無言で眺め、名残を惜しむ。

失われないものを慈しめるか——動詞に畳み込まれた条件文

思考実験から始めます。絶対に壊れず、決して失われないと保証された宝物があったとして、人はそれを愛おしむことができるでしょうか。大切に保管はするでしょう。誇りもするでしょう。けれど、掌に載せて目を細める、あの独特の時間のかけ方が成立するかどうかは怪しい。永遠が保証された途端、感情はどこか敬意や安心のほうへ滑っていく気がします。保証を一枚差し込んだだけで動詞が使えなくなるのだとしたら、この動詞は対象の壊れやすさを、意味の内部に条件として組み込んでいることになる。

言語学と論理学は、文が運ぶ情報を含意と前提に区別します。含意は文を否定すると消える情報、前提は否定しても生き残る情報です。「彼は禁煙した」を否定して「彼は禁煙していない」と言っても、「彼はかつて煙草を吸っていた」という了解は両方の文に残る。これが前提の目印で、「また」や「やめる」のような何気ない語も、同じ仕掛けで前提を運んでいます。この道具をあてがうと、くだんの動詞の造りが見えてきます。「彼女は形見の時計を愛おしまなかった」と否定形で書いても、時計がいつか手元から失われうる儚いものだという了解は消えません。喪失の可能性は含意ではなく前提の層に置かれている——だから否定をくぐり抜けて残るのです。

形容詞との分業も、論理の言葉で整理できます。「愛おしい」は状態の記述で、ある瞬間について真か偽かを問える述語に近い。一方こちらは動詞であり、時間の幅を持つ行為を指します。撫でる、眺める、名を呼ぶ、しまい込んではまた取り出す——内側に状態があるだけでは足りず、それが行為として外に流れ出てはじめてこの動詞が使える。だから先ほどの否定文は、感情そのものが無かったのか、感情はあったのに行為に移さなかったのか、二通りに読めてしまいます。形容詞のほうを否定したときには、この割れ方は起きません。感情と行為の二層構造を一語で抱えていることの、代償のような曖昧さです。

前提の層に喪失可能性が畳み込まれているなら、この動詞は反実仮想を内蔵していることになります。「もしこれを失えば」という、現実にはまだ起きていない条件文を、使うたびに無言で立ち上げている。日常の条件文「雨が降れば中止する」は、成り行きを見届ければ真偽を確かめられます。しかし反実仮想は、現実と異なる世界を想定してはじめて評価できる特別扱いの条件文で、確かめるための現実がどこにもない。それでも人はこの種の文を正確に理解し、日々使いこなしています。撫でている今この瞬間の描写のなかに、失われたあとの世界の想定が影として同居する。動詞一語が、二つの世界を同時に開いている勘定になります。

冒頭の思考実験に戻ります。壊れない宝物を慈しみそこねるのは、心が薄情だからではなく、動詞の前提が満たされないからだ——そう整理がつきました。逆に言えば、書き手が場面にこの動詞を置くとき、読者は無意識のうちに喪失の影を受信しています。その影を裏切らないよう、場面のどこかに有限性のしるし(古び、消耗、遠くない別れ)を書き込んでおくと、動詞の前提と場面の事実が噛み合って、一語が正確に働きます。

文: hakadoru.ai 編集部

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