おいおい

【おいおい】感動詞

使い分けの視点

おいおいには二つの体があります。読点を打てば相手をたしなめる感動詞、打たなければ泣き方を描く副詞で、品詞の乗り換えは読点ひとつで決まります。副詞のほうはほぼ「泣く」の一族としか結びつかず、声量の大きい号泣に割り当てられています。おいおいと泣く、と「と」を添えても意味は変わらず、拍が一つ増えてリズムが変わるだけ。感動詞の用法は地の文の説明を節約でき、副詞の用法は少し古風な空気を連れてきます。

同義語

同品詞の類義語

わんわんcolloquial
うえうえcolloquial
おおおお文芸的
うわんうわんcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

声を上げて
人目も憚らず文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

ううう
ひっひっcolloquial
ああ文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

さめざめエッセイ関連

例文: さめざめと、彼女は窓に向かって泣いた。声は少しも大きくなかったのに、部屋はすっかり濡れた。

泣き喚く

例文: 泣き喚く声を、廊下の端まで届かせたのは、彼が初めてだった。誰も、それを咎めなかった。

読点ひとつで品詞が変わる——泣き声の文法

「おいおい、泣くなよ」と「おいおい泣くなよ」。字面の違いは読点ひとつですが、文法の上ではまったくの別文です。前者の冒頭は相手をたしなめる感動詞、後者の冒頭は泣き方を描き出す副詞。同じ四拍の連なりが、置かれ方ひとつで品詞を乗り換えます。声に出せば抑揚と間で瞬時に区別がつくのに、文字の上では読点だけが手がかりになる。読者は毎回この選別を無意識にやってのけていて、書き手は読点ひとつでその無意識に指示を出しています。

副詞のほうの用法は、声を放って泣くさまを写すものです。注目したいのは共起の狭さで、この副詞はほぼ「泣く」の系列としか結びつきません。おいおい笑う、おいおい叫ぶ、とは言えない。擬音語に由来する副詞には、こうした専属契約めいた結びつきを持つものが少なくなく、「すやすや」は眠るものと、「しとしと」は降るものと決まっています。共起制限は辞書の見出しに明記されないまま、母語話者の頭の中で厳密に運用されている文法です。試しに制限を破った文を作ってみると分かりますが、それは間違いというより冗談として読まれる。破格が笑いに転じるのは、規則が全員に共有されている証拠です。

統語的なふるまいにも観察点があります。副詞用法は「と」を伴っても伴わなくてもよく、「おいおいと泣く」「おいおい泣く」の双方が成立します。この「と」の有無は意味をほとんど変えず、文の拍を一つ増減させてリズムを変える。一方、感動詞用法は文頭で独立し、直後に間を要求します。音声なら卓立とポーズが品詞を教えてくれますが、文字ではその仕事を句読点が肩代わりする。読点は、この語にとって飾りではなく品詞標識なのです。

泣き方の副詞は、それ自体がひとつの体系をなしています。「しくしく」は声を殺した涙に、「さめざめ」は静かに流れ続ける涙に、この語は声量の大きい号泣に割り当てられ、それぞれが泣くという同じ行為の別の次元を担当している。他方、感動詞のほうは呼びかけの「おい」を重ねた畳語で、繰り返しによって非難や呆れの色が加わったものです。畳語化は日本語で反復や程度を表す生産的な手段で、「どんどん」「みるみる」も同じ型に属します。泣き声の写しと呼びかけの反復——別々の道からたどり着いた二つの語が、たまたま同じ形で同居していると考えられます。

創作上の含みは時代の色です。ツッコミとしての感動詞用法が現代の会話で大きく優勢になった結果、副詞のほうはやや古風な響きをまといました。人目もなく声を放って泣く場面をこの副詞で書けば、昭和の小説の空気が少し混ざる。それを狙って使うか、避けて別の泣き方を選ぶかは設計の問題です。なお感動詞の用法にも固有の文法があります。単独で文をなし、相手の直前の行為だけを受けて「それは常軌を逸している」と評する——述語を持たない述定です。地の文の説明を節約できるのはこのためで、二つの用法はどちらも、文法の節約術として小説の役に立ちます。

文: hakadoru.ai 編集部

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