声に出して数えてみると、この語幹に「い」まで付けた形は七拍あります。しゅ・う・ね・ん・ぶ・か・い。ほぼ同じ内容を指す「しつこい」は四拍。単純に倍近い長さの差があります。ところが実際に読んだときの重さの差は、この一・七五倍という数字よりも大きく感じられる。差を作っているのは拍数そのものではなく、拍の中身のほうです。
七拍の内訳を見ると、独立して音を持たない拍が二つ含まれています。冒頭の長音と、それに続く撥音。日本語の音韻論ではこれらを特殊拍と呼び、単独では発音できず、直前の拍にぶら下がって時間だけを占めます。つまり七つの時間枠のうち二つが、新しい音を出さずに時間を消費している。しかも冒頭の拗音は仮名二字で一拍に押し込まれているので、七拍のあいだに口が新しく作る音は五つしかありません。長いのに進まない、という体感の正体はここにあります。もたつきは単なる印象を越えて、拍構造から予測できる性質です。
構成の面では、漢語と和語を接いだ混種語である点も効いています。前半は音読みで、拗音と長音と撥音という漢語音特有の並びを持つ。後半は訓読みの形容詞で、開いた音節が続く。前半の詰まった音列から後半の素直な音列へ、途中で発音の様式が切り替わる。同じ意味領域の和語だけで作られた語や、漢語だけで作られた語には、この切り替えがありません。語のまんなかで一度呼吸が変わることも、なめらかに言い切れない一因だと考えられます。
後半には連濁が起きています。単独では清音の形容詞が、複合語の後部要素になったときに濁る現象です。これには既知の制約があり、後部要素の内部に既に濁音がある場合には連濁が起きにくいとされる。ライマンの法則と呼ばれる規則です。ここでは後部要素に濁音がないため、規則の妨げがなく濁った。濁ることで、前後の二語は分かちがたく一語になります。連濁は複合語であることの標識でもあり、この形が語の並置ではなく、ひとまとまりとして記憶され使われてきたことの証拠になる。清音のまま並べていたら別の手触りになったであろうことは、口に出せば分かります。
近い意味の語を音の側から並べると、それぞれ違う像を作っていることが見えてきます。四拍の「しつこい」には特殊拍が一つもなく、四つの拍がそのまま等間隔に並ぶので、言い終えるまでが速い。その口語形の「しつっこい」になると、まんなかに促音が割り込んで五拍に伸びる。促音は音のない一拍、つまり閉塞と解放です。声が一度せき止められてから出るので、短いのに引っかかりが生まれる。反復形のオノマトペはさらに別で、同じ形が二度繰り返される構造そのものが継続を表します。伸びによるもたつき、詰まりによる引っかかり、反復による持続——同じ性質を指す語が、音のかたちで三通りの時間感覚を分担しているわけです。
実作では、この差が置き場所を決めます。七拍の語は台詞の途中に入れるとリズムを一度止めます。怒鳴っている人物には言わせにくく、落ち着いて相手を分析している人物の口には収まる。逆に短い語は、感情が先に出る場面で機能します。地の文なら、七拍の重さは長い一文の中に沈み、目立たなくなる。同義語の中から一つを選ぶという作業は、実際には、その一語が文のどこで時間を食うかを決める作業でもあります。