古い神社の扁額や、境内の石碑に刻まれた文字を近くで見ると、上の字の左側が、手元の画面に出る形と違うことがあります。四画で書く旁側の偏ではなく、五画の、祭壇を象ったとされる形が刻まれている。同じ字であり、同じ読みであり、同じ意味です。それでも、彫られた線を見た瞬間に、その石が置かれた時代のほうが先に伝わってくる。
日本の漢字字体が現在の形に整理されたのは、戦後の国語施策によるものです。一九四九年の当用漢字字体表によって、それまで印刷の標準だった字形の一部が簡易な形に置き換えられ、この偏もそのときに整理された系統に含まれます。ただし、置き換えは印刷の標準を定めたものであって、既存の石碑や扁額を書き換えるものではありません。だから旧来の字形は、動かせない物の上に残る。人名や社名、屋号のように本人の申告が優先される領域にも残ります。字体の新旧は、時代の差であると同時に、書き換え可能なものと不可能なものの差でもある。
下の字のほうは、日本では字体の変更を受けていません。ちなみに中国大陸の簡体字では、この字はまったく異なる簡略形に置き換えられています。上の字の偏を簡略にした点は日本と大陸で重なっているのに、下の字を削ったのは大陸だけ——同じ熟語が、正書法ごとに別の場所を削られている。表記の歴史は、語の歴史とは独立に進むことがあります。
字体の差は、電子化の段階でもう一度ふるいにかけられます。日本語の文字コード規格には、字形の細かな違いをどこまで同じ文字とみなすかという取り決めがあり、多くの旧字形は新字形と同一の符号に包摂されてきました。包摂された差は、入力しても保存の時点で消えることがある。だから戸籍や社名で旧字形を使ってきた人が、システムの都合で別の字を宛てられる——扁額の上では消えなかった差が、データベースの上では消えるわけです。石に彫れば残り、符号に載せれば失われる。表記の保存性は、媒体によってまるで逆に働きます。
訓の側に目を移すと、また別の層が現れます。この領域の語には、漢語で書く道、和語の訓で書く道、仮名で開く道が同時に用意されている。宗教学や民俗学の文章では、対象を特定の宗教に引きつけないために、あえて片仮名で書く流儀が用いられることがあります。片仮名にすると、その語が翻訳語なのか外来概念なのか土着のものなのか、判断を保留したまま置いておける。表記が一段階、注釈の役目を引き受けている。
創作の実務に落とすと、選択肢は四つ前後あることになります。漢語二字で置くか、和語の連体形にするか、仮名で開くか、ルビで二重化するか。二字の漢語は制度と儀式の側に寄り、和語は感覚の側に寄る。仮名は距離を作る。ルビを振れば、書かれた語と読まれる語を別々に立てられます。同じ場面に同じ属性を書くのに、これだけ手段があるということは、逆に言えば、どれを選んでも読者はその選択を読んでいるということです。字体も表記も、意味の運搬の前に、まず時代と立場を運んでいる。