【あじ】名詞

使い分けの視点

「旨み」「コク」は成分や厚みを、「舌に残る印象」「喉越しの余韻」は時間の推移を描きます。「テイスト」は料理以外の作風にも広がります。味覚を形容詞だけで埋めず、最初の感覚、後味、人物が比べる過去の一皿を置きます。

同義語

同品詞の類義語

うま口文芸的
テイストcolloquial
旨み
コクcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

舌に残る印象
口中に広がる風情文芸的
喉越しの余韻文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

海の幸のような
夏の果実のような文芸的
木の実のような文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

舌を刺す文芸的
喉を焼く文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

舌に広がる余情文芸的
言葉にならない旨み文芸的
ほのかな塩梅文芸的

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

比較の相手エッセイ関連

例文: 故郷の粥を比較の相手にした途端、無味な食事へ母の記憶が戻った。

「味がしない」の「ない」は、どこまで届いているのか

風邪をひいた朝に粥を口へ運んで、「味がしない」と口に出す。この言い方には前から引っかかっているところがあります。舌の上では確かに何かが起きているはずです。温度はわかるし、塩気もかすかには届いている。それでも「しない」と言う。だとすると、この否定が消しているのは感覚の有無ではない。あるはずだったものの不在です。論理の用語を借りれば、否定のスコープがどこまで及んでいるかという問題になります。「ない」は味覚一般にかかっているのではなく、期待されていた像にだけ届いている。届く範囲が狭いからこそ、あの一言は状態の報告ではなく落胆の表明として聞こえる。

ここで前提という考え方が効いてきます。「この吸い物は味が薄い」と言うとき、薄いかどうかを判定する以前に、そこに何かがあることが織り込まれている。興味深いのは、この織り込みが否定に耐えることです。「味が薄くはない」と言い換えても、何かがあること自体は揺らがない。否定文にしても生き残る成分があり、それは主張されている部分とはふるまいが違う。書き手が食事の場面を書きにくいと感じるとき、語彙が乏しいせいだと考えがちですが、主張できる範囲がすでに前提に食われているという事情のほうが大きいのかもしれません。

とはいえ、この整理には自分で異議を出しておきたい。「あの人の書く文章には味がある」という言い方では、事情が違ってきます。この場合の「味がない」は、文章が無味であると報告しているのではなく、書き手の痕跡が読み取れないと言っている。料理では期待の像が消され、文章では痕跡の有無が問われる。同じ「ない」でも当たっている先が別です。ひとつの説明で両方を覆おうとすると、どちらかが痩せる。ここは無理に統一しないほうがよさそうだと、しばらく考えてから決めました。

もうひとつ、味の記述は反実仮想を呼び込みやすい。もう少し煮ていれば立ったはずだ、昨日と同じものを買ったはずなのに、といった具合です。口の中で起きている出来事を述べているつもりで、実際には比較の相手を語っている。甘い、辛い、濃いといった形容は、どれも基準点なしには置けません。その基準は個人史の中にあり、その人がこれまで何を食べてきたかで動く。

論理の側からもう一つ言えることがあります。「まずくはありません」と告げられた作り手が微妙な顔をするのは、その一言が字義どおりの内容以上を運んでしまうからです。強い表現と弱い表現が同じ尺度の上に並んでいるとき、弱いほうをわざわざ選べば、強いほうは成り立たないという含みが生じる。おいしいと言えたはずなのに言わなかった——選ばなかったという事実だけが、内容とは別の経路で届く。会話の場面ではこれがよく働きます。人物に否定形の評価を口にさせると、読者は言われなかった語のほうを自分で補う。書き手が一語も書かなかった評価が、読者の側で立ち上がるわけです。

だから食事の場面で料理の形容を積み上げても、人物は出てきません。出るのは、それを何と比べているかを書いたときです。母の作ったものより塩が強い、と一行入れるだけで、焦点が皿の上から食べている側へ移る。味を書くとは対象を描写することではなく、比較の相手を選ぶこと——そう置き直してみると、乏しかったのは語彙ではなく、比べる先を決めないまま形容詞だけを探していた手つきのほうでした。

文: hakadoru.ai 編集部

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