部屋の照明を落としても、真っ暗にはなりません。通信機器の小さな緑、充電中の橙、カーテンの隙間から入る街灯の白。目が慣れれば、天井の模様まで見える。都市に住む書き手が闇を書くとき、参照しているのは自分の実体験ではなく、書物のなかで受け継がれてきた形のほうかもしれません。そう考えると、この句はもう観察の言葉ではなく、様式として保存された道具に近いことになります。
……そう書いてから、すぐに疑わしくなりました。山中のトンネル、停電の夜、目を閉じた瞬間の暗さ。完全な暗さが失われたというのは、明らかに言いすぎです。ただ、失われていなくても、日常の側から遠ざかったことは確かでしょう。かつて暗さは、日が沈めば毎晩やって来る前提でした。電灯が家々に行き渡るまでの長い時間、夜は作業をやめる合図であり、火を用意しなければ何も始まらない時間帯だった。前提が事件に変わったとき、それを指す言葉が担う役目も変わります。以前は状況の記述だったものが、今は異常の合図になっている。
暗さが誰かの意思で作られる状態になった時期も、実際にありました。戦時下の灯火管制では、窓を覆い灯を絞ることが義務として課され、街全体の明るさが行政の管理下に置かれます。空から見えないようにするための暗さですから、そこでの闇は世界の側の性質ではなく、人が命じて作った状態です。こうした経験を通った言語では、暗いという状態のうしろに、命じた主体や、それに従った人々の手つきが薄く残ることになります。現代の計画停電が日時を予告され、復旧の見込みまで併せて告知されるのも、遠く同じ系列にある出来事でしょう。暗さは、いつ終わるかを誰かが知っている状態になった。管制が解かれて街に灯が戻った夜のことが、戦争の終わりを目で知らせた出来事として語り継がれているのも、同じ構図の裏返しです。明るさの側にも意思があると分かってしまえば、その不在にも意思が読み込まれる。
語の側にも動きがありました。「あかり」はもともと明るいという状態を指す語で、行灯や電灯といった器具そのものを指すのは、意味が狭く固まってからのことだとされています。「ともしび」に至っては、火を点すという動作を名の中に抱えたままです。状態から道具へ、あるいは動作から物へ。この移動が起きた結果、不在を語るときの手触りも変わりました。器具を持たない時代の暗さは、世界の側の性質です。器具のある時代の暗さは、誰かが消したか、切れたか、届かなかったという事情を含む。「灯火を欠いて」と書くか「明かりひとつなく」と書くかで責任の所在がわずかにずれるのは、そのためだと考えられます。
名詞の側にも同じ種類の移動が起きています。「ひかり」は動詞「ひかる」の連用形が名詞として立った形で、はじめは物が光を放つという出来事の名でした。対象として固まったあと、用法は比喩の方向へ大きく伸びます。一筋の光、光明、前途に光が見える——希望を指す使い方は、いまでは日常語のほうに厚い。だから、光が無いと書いた一文は、照度の話だけで止まってくれません。読者は暗さを受け取ると同時に、見通しの不在まで一緒に受け取ってしまう。二重に読まれては困る場面なら、器具の名を出すか、時刻を出すか、視界の届く距離を数で書くほうが安全です。「闇」のほうはさらに遠くまで行きました。見えないという状態から出発して、公にできない取引の側へ移り、闇市や闇取引といった語を作る。意味が悪い側へ振れる変化としては、かなり分かりやすい例でしょう。
もっと遡ると、明暗はそもそも色の骨格でした。古代日本語の基本的な色彩語であるアカ・クロ・シロ・アヲは、明るい・暗い・はっきりしている・ぼんやりしている、という対立から出たという説が知られています。この見方に立つなら、暗いとは黒いことであり、同時に色が一枚もない状態でもある。闇を書くとは、色を剥がしていく作業に近い——という言い方は詩に寄りすぎますが、実務としては使えます。剥がしたあとに何を残すかで、文が生きるか死ぬかが決まるからです。
視覚を封じる宣言をした直後の一文が、この句の成否を決めます。何も見えないと書いておきながら、次の行で人物の表情が描かれている原稿は珍しくありません。逆に、封じたまま何も開かない原稿は、ただ読みにくい。開くべきは、距離の分かる音、床の冷たさ、自分の呼吸が思ったより近く聞こえること。暗さの描写とは、視覚に割いていた予算を他の感覚へ移し替える操作であって、暗いと書くことそのものではありません。