何にせよ

【なににせよ】接続詞

使い分けの視点

転換語は意味だけでなく声の拍と硬さを選びます。「何にせよ」は一呼吸置いて論理的に進める響きがあり、口語的な語や投げやりな語とは人物像が異なります。台詞を音読して場面の速度へ合わせます。

同義語

同品詞の類義語

ともあれ文芸的
どっちみちcolloquial
ともかく
とにもかくにも文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

どう転んでもcolloquial
結局のところ
畢竟するに文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

つまるところ
なんであれ
ぶっちゃけcolloquial

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

いずれにせよエッセイ関連

例文: いずれにせよ夜明けまでに門を閉じる、と書記官は六拍を崩さず告げた。

五拍の設計——こもってから、抜ける

な・ん・に・せ・よ の五拍です。撥音の「ん」を一拍と数える日本語の拍の原則に従えば、この語は五音の句をちょうど埋める長さを持っています。接続の言葉としてはやや長い部類で、この長さ自体が「一呼吸置いて話題を転換する」という機能と釣り合っています。転換の語は、短すぎると軽くなります。音の並びを見ると、前半と後半で性格がはっきり分かれています。前半の三拍「なんに」は、ナ行音と撥音、つまり鼻に響く音の連続です。口の中で音がこもり、内にたまります。後半の「せよ」で、舌先の摩擦音サ行と半母音ヤ行に切り替わり、こもっていた音が外へ抜けます。閉じてから開く、ためてから放つ——この音形は、直前の議論をいったん呑み込み、それから話を前へ押し出すというこの語の意味の運動と、きれいに重なっています。意味と音の一致は偶然でしょうが、話者がこの語を選ぶとき、その偶然は確かに利用されています。

撥音の実際の音は、後ろに来る音に合わせて変わります。日本語の「ん」は固有の調音位置を持たず、続く子音の位置へ引き寄せられる。ここでは撥音の次が「に」で、どちらも舌先を歯茎に当てて息を鼻へ抜く音です。頭の「な」まで数えれば、鼻を通る音が三拍続くことになる。前半がこもって聞こえるという印象は、気分の問題ではなく、この連続に裏づけられています。似た働きの語を並べてみても、ここまで鼻音が連なる例は多くありません。とにかく、ともあれ、いずれも鼻へ抜ける音は一つで途切れます。三拍続けて鼻を鳴らしてから摩擦音へ渡す設計は、この語に固有のものです。鼻音は口を大きく開けずに出せるので、声を張らずに発音できます。会議の途中で場の温度を下げずに割り込むには、都合のよい音の並びだと言えます。

母音の並びにも触れておきます。ア、イ、エ、オ——五つの基本母音のうち四つが、五拍の中に一度ずつ現れます(撥音は母音を持ちません)。同じ母音が続かないため、口の形が一拍ごとに変わり、ゆっくり発音しても間延びしにくくなります。似た働きの「とにかく」がオ・イ・ア・ウと進むのと比べても、母音の変化の幅は広い部類です。口跡のよさ、とでも呼びたくなる性質で、声に出す台詞の中で潰れにくい語だと言えます。

末尾の「せよ」は、サ変動詞の文語的な命令形に由来する形です。口語の命令形なら「しろ」で、実際「何にしろ」という形も並んで使われています。二つの違いは末尾二拍だけですが、響きの印象は分かれます。「しろ」の締めは口語的で角が立ち、「せよ」の締めは文語の残り香をまとって、わずかに硬質で改まった感じを残します。書き言葉や、理屈で話す人物の台詞に「せよ」形が馴染みやすいのは、この二拍の出自によるところが大きいと考えられます。

末尾の選び方には、もう一つ別の候補もあります。何にしても、なら な・ん・に・し・て・も の六拍。一拍増えただけに見えて、終わり方は正反対です。最後の「も」は両唇を閉じて鳴らす鼻音で、口を閉じたまま句が終わる。「よ」のほうは唇を丸めながら開いて終わります。閉じて終わる形は話し手が話題を引き取る身振りに、開いて終わる形は次の節へ渡す身振りに聞こえる。しかも「も」を選ぶと、前半でこもっていた鼻音が末尾でもう一度立ち上がり、句全体が鼻へ寄ります。意味の上ではほとんど同じ二つですが、口の動きは別物です。台詞に置いたときどちらが人物の呼吸に合うかは、声に出してみればすぐ分かります。文末に置けるかどうかにも差が出ます。閉じて終わる形は言い切りの手前で止まりやすく、開いて終わる形はそのまま次の文へなだれ込みます。

同じ「せよ」で終わる仲間に「いずれにせよ」があります。こちらは い・ず・れ・に・せ・よ の六拍で、頭の母音イは口の開きが小さく、より硬く事務的に響きます。五拍のこの語は、頭のナ行音が母音アを伴って大きく開くため、同じ改まった語形でも幾分か肉声寄りです。一拍の差と最初の母音の差——たったそれだけの違いが、会議録向きの語と、台詞でも生きる語とを分けています。

会話文を書くとき、接続の語は意味だけでなく音で選べます。同じ転換でも、「まあいい」と畳む人物と、五拍かけて鼻音から摩擦音へ渡るこの語を使う人物とでは、声の質感がまるで違う。前者は感情で切り替え、後者は論理で切り替える人に聞こえます。台詞を声に出して読み、拍を数え、母音の並びを確かめます。推敲のその一手間は、人物の声を設計する作業の一部です。

文: hakadoru.ai 編集部

エディタで直接置換して執筆を加速

SaaS エディタではシソーラスの結果をワンクリックで本文に反映できます

無料で始める →