尚更

【なおさら】副詞

使い分けの視点

「尚更」は既に共有された理由へ新しい事情を上乗せし、傾きを強める語です。「ますます」は変化の進行、「ひときわ」は比較内での際立ち、「余計に」は好ましくない増加にも向きます。単独では土台を作れないため、地の文で使えば語り手の立場が現れ、台詞なら相手の前提を認めつつ反対へ説得する動きが出ます。

同義語

同品詞の類義語

ますます
ひときわ文芸的
余計にcolloquial
増して文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

輪をかけて文芸的
それゆえ余計に文芸的
なおのこと文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

余程文芸的
重ねて文芸的
ひとしお文芸的

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

共有された土台エッセイ関連

例文: 『雨でも実施する』という共有された土台があるからこそ、雨なら尚更やるべきだという反論が成立した。

前提を共有していないと使えない語

「雨だから中止だ」「雨なら尚更やるべきだ」。二つ目の発話は、単独では意味を成しません。成り立つためには、雨が降る前からその行事をやるべき理由が存在していて、しかもそれを相手も認めている必要がある。新しい事情が理由をゼロから作るのではなく、既に働いていた力に上乗せする。上乗せする土台が共有されていなければ、この語は空回りします。反論の語でありながら、同意の上に立っている。

語の作りを見ると、その構造が形に出ています。依然としてそうであることを指す部分と、その上に更に加わることを指す部分が結びついている。古い時代から用例のある複合で、成分の意味がほとんどそのまま残っているのが特徴です。摩耗して不透明になった語ではない。分解すればすぐ意味が見える語が数百年にわたって使われ続けているというのは、それ自体が少し不思議ですが、透明であることが使用を支えている面はあるでしょう。聞いた側が構造を再構成できるので、初めて聞く文脈でも外さない。

近い働きをする「まして」と並べると、違いがはっきりします。「まして」は、程度の階梯の上に二つの事例を置いて、低いほうで成り立つなら高いほうでも成り立つと押していく。比較の相手を文の中に呼び込む必要があります。こちらの語には、その義務がない。階梯を作らずに、既にある傾きを強めるだけで済む。だから短い応答に向いていて、口論の速度についていける。

とはいえ、土台のほうを文の中へ引き出す仕掛けは決まっています。この副詞の前には、たいてい条件を表す節が立つ。雨なら、難しいのなら、時間がないのであれば。あるいは「〜からこそ」の形で、理由の節が強めて置かれる。裸のまま文の途中へ落ちてくることは少なく、単独で「尚更だ」と言えるのは、直前の発話が土台をまるごと提供している場合に限られます。つまりこの語は、自分の足場を毎回、条件節という見える形で引き出しているわけです。前提が共有されているかどうかを、話し手も聞き手もその場で点検できる。副詞ひとつが、確認の手続きまで連れてきている——足場を見せてから跳ぶ、という順序が形式そのものに組み込まれている。

この構造が力を持つのは、意見の異なる相手を説得する場面です。明治期には、演説という形式が急速に広がりました。自由民権運動の演説会があり、新聞の投書欄があり、議場での討論があった。理由を積み上げて相手の判断を動かす話し方が、限られた身分の外へ出ていった時期です。そこで必要になるのは、相手の前提をいったん認めたうえで、そこから反対の結論を引き出す技術でした——認めなければ聞いてもらえず、認めるだけでは負ける。もっとも、この語が近代に増えたという証拠を私は持っていません。近世の資料にも普通に現れる語ですし、増減を語るには数えなければならない。ここは保留にします。それでも、公共の議論の場が広がったときに、この語のような形が使いやすかっただろうということまでは言えます。

記録という条件も、使い勝手に関わってきます。明治二十三年に帝国議会が開かれ、議場の発言は速記によって文字に残されるようになりました。その場で消えていたはずの反論が、後から読み返される対象になる。口頭のやり取りだけなら、土台は互いの記憶の中にあれば足ります。ところが文字になった瞬間、その場にいなかった読者が議論に加わる。前提を知らない人の前に上乗せだけが置かれれば、その主張は宙に浮いて見えるほかありません。だから記録を意識した話し手は、上乗せの前に土台を一度言い直しておく。逐語的な記録が広まった時期にこの語の扱いがどう変わったかを追った調査は寡聞にして知りませんが、前提を明示する手続きが要る場面そのものが増えたことは確かでしょう。少人数の閉じた集団なら前提は言わなくても共有されている。見ず知らずの相手に向かって話すようになると、前提を確認してから上乗せする手続きが要る。この語は、その手続きを一語に圧縮したものです。圧縮が効くのは、解凍する側が同じ辞書を持っているときだけですが。

小説の中に置くと、別の働きが出ます。この語を使った瞬間、話し手はもう一方の側に立っている。中立の観察者ではありえない。だから、客観を装った地の文にこれを紛れ込ませると、語り手の党派性が漏れます。逆に、人物の台詞に置けば、その人物が今まさに誰かを説得しようとしていることが一語で分かる。反論の形をとった同意の表明です。議論の場面を書くとき、この二重性は使えます。

文: hakadoru.ai 編集部

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