霧のような

【きりのような】形容詞句

使い分けの視点

「霧のような」は名詞の到着を六拍遅らせ、輪郭の不確かさを像として渡します。「靄めいた」は薄さ、「茫漠と広がる」は広大さ、「視界を奪うような」は遮蔽の作用が中心です。同じ型の直喩を近くへ重ねず、比喩が必要な一箇所へ間隔を空けて置きます。

同義語

同品詞の類義語

靄めいた文芸的
ぼんやりしたcolloquial
煙めく文芸的
煙のような

類義句

同品詞の慣用的言い換え

輪郭を失ったような文芸的
視界を奪うような
茫漠と広がる文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

湯気を凝らしたような文芸的
白い帳のような文芸的
薄絹を垂らしたような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

ぼんやりとcolloquial
茫漠と文芸的
白く滲んで文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

輪郭を失う文芸的
白く立ち込める文芸的
視界を覆う

体言的言い換え

用言を体言に変換

白い帳文芸的
輪郭の喪失文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

息で形が滲むような文芸的
視界が溶けるような文芸的
全てが朧げな文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

曖昧な

例文: 曖昧な証言の中で、時計の音だけが共通していた。

六拍の負債——直喩が一文に足す長さと、足さない情報量

六拍。この直喩を一つ挟むために、一文が余分に背負う長さです。き、り、の、よ、う、な、と数えれば六。短いと感じるかもしれませんが、日本語は修飾が前に来る言語なので、この六拍はまるごと、名詞が現れるまでの待ち時間として加算されます。読者は主要部が来るまで判断を保留し続ける。長さの負担は文字数ではなく、この保留時間のほうにかかります。

内訳を見ると、もう少し具体的になります。語彙密度——文の中で内容語が占める割合——という指標で測ると、この六拍のうち内容語は一つだけです。残りは助詞と助動詞の連なりで、それ自体は世界について何も述べない。つまり直喩は、長さを確実に増やしながら、情報の担い手は一つしか増やさない構造をしている。密度を下げる操作である、と言い切ってよさそうです。ただし密度が下がることは欠点ではありません。内容語の詰まった文が続くと読者は息を詰めるので、密度の低い区間は呼吸として要る。

文の長さの分布で考えると、この種の修飾は長いほうの裾を作ります。すべての文が同じ長さに揃った地の文は、意味が通っていても平板に読める。逆に裾ばかりが伸びれば読みにくい。経験的な印象にすぎませんが、地の文の呼吸を決めているのは平均の文長ではなく、ばらつきのほうだという気がします。ここは断定できません。ただ、推敲で文を短く整えたのに前より退屈になった、という現象は、分散を潰した結果として説明がつきます。

同じ六拍でも、置く位置によって負担は変わります。名詞にかかる形なら、待たされるのは直後の一語ぶんで、たいてい数拍で解決する。ところが述語にかかる形に組み替えると、修飾される動詞は文末にあるので、あいだに主語や目的語がいくつも挟まりうる。同じ材料でも、保留の長さが数倍に伸びる場合がある。推敲で直喩の位置を動かしただけで文の重さが変わる原因は、意味よりも、この待ち時間の変化にあるのでしょう。

ここで自分の計算に異議を唱えておきます。長さと密度だけで直喩の価値を測るのは乱暴です。「霧のような記憶」と「曖昧な記憶」を並べれば、後者のほうが短く、内容語の比率も高い。指標の上では優れている。それでも読者の内側では何も起きません。拍あたりの効果は一定ではないのだから、計量は使えないのではないか。おそらく、計量が効く場所がずれているのだと思います。一本の直喩の当否は測れない。測れるのは間隔のほうです。

同じ型の直喩が近い距離に二つ並ぶと、読者は型のほうに気づきます。内容ではなく構文が見えてしまう。だから推敲で数えるべきは、一頁あたり何個といった総量ではなく、直前の何行に同じ型があったか。十行以内に二つ目が来ると、二つ目は比喩として働かず、書き手の癖として登録される。逆に、間隔さえ空いていれば、多少ありふれた直喩でも像を結びます。六拍の負債は、単独ではいつでも払える程度に小さい。払えなくなるのは、続けて借りたときだけです。

文: hakadoru.ai 編集部

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