追憶

【ついおく】名詞

使い分けの視点

「追憶」は人が過去を後ろへ追う格調ある想起です。「回想」は記録や構成にも使える中立語、「追想」は故人、「懐古」は昔を価値づけて懐かしみます。記憶が浮かぶ受動性か、主体が辿る動きかを選びます。

同義語

同品詞の類義語

回想
追想文芸的
追懐文芸的
懐古文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

昔を辿る心文芸的
古い日々への想い

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

沈んだ鐘の音のような文芸的
閉じた本をなぞるような文芸的
枯葉を踏む音に似た文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

昔日を辿る文芸的
古い日々を懐かしむ

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

懐旧の念文芸的
過ぎし日への想い文芸的
胸に蘇る風景文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

記憶が浮かぶエッセイ関連

例文: 焼菓子の香りで記憶が浮かぶと、老人は失った家の間取りを描いた。

後ろへ、下から、内へ——想起の向きは言語ごとに違う

プルーストの長編は、英語圏で長く Remembrance of Things Past という題で読まれてきました。訳者がシェイクスピアのソネットの一句から借りた題です。後年の英訳では In Search of Lost Time に改められています。フランス語の原題が言っているのは探索であって、想起ではない。題が一つ替わっただけで、作品が扱う運動の向きが変わってしまう。訳しにくさというのは、こういう場所に現れます。単語が見つからないのではなく、向きが合わない。

向きを、いくつか並べてみます。日本語のこの語の前半にある字は、後ろへ向かうことを示している。英語の recollection は re と collect で、散らばったものを集め直す動きです。フランス語の souvenir はラテン語の subvenire、下から来る、心に浮かび上がってくるという成り立ちを持つとされます。ドイツ語の Erinnerung は内側を指す語に連なる。後ろへ、集約へ、上へ、内へ。同じ心の働きに、四つの方向が割り当てられている。

方向が違うということは、主体の位置も違うということです。下から来る、という構図では、記憶のほうが主語で、人は浮かんできたものを受け取る側にいる。日本語のこの語は逆で、人が主語、記憶は追われる客体です。この差は文の作り方にも出てきて、フランス語では記憶が戻ってくると言えるのに、日本語で記憶が戻ると言うと、失われていたものが回復する場面を指してしまう。日常的な想起とは別の話になる。分節の線が、違う場所に引かれている。

この語群の隣には、もっと訳しにくいものが控えています。懐かしい、という形容詞です。日本語ではこれを対象の側に貼れる。写真が懐かしい、匂いが懐かしいと言えて、感じている人は文面に出てこなくてよい。英語に渡すと、懐かしさは人の状態として記述され、感情の持ち主が主語の席に上がってくる。同じ心の動きを、片方は世界の属性として、片方は人の内面として書く。想起をめぐる語彙は、方向だけでなく、感情をどこに置くかという点でも言語ごとに違う設計になっている。

もっとも、語源の方向を現在の使用へ持ち込みすぎるのは危険です。この語を使う人が、毎回何かを追いかけている感覚を持っているとは思えません。語源は化石であって、使用の実態ではない。それでも比べてみると差は残ります——回想は事務的な文脈に入れる。回想シーン、回想録。ところがこの語は事務的な使い方を受けつけにくい。理由は語源よりも、漢語としての格と、使われてきた場面の偏りにあるのでしょう。

翻訳の側から見て、書く人が持ち帰れるものはひとつあります。ある言語で一語だったものが、別の言語では複数に割れる。日本語の側には回想、追想、追懐、懐古が並び、それぞれ違う角度を担当している。英語へ渡す段になれば大半が memory か recollection に潰れてしまう。潰れる前の解像度を持っていることが、日本語で書く側の資産です。そしてその資産は、どれを選んだかより、どれを選ばなかったかによって読者に届く。四つのうちの一つを置いた文は、残りの三つを退けた跡を、静かに残しています。

文: hakadoru.ai 編集部

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