追う

【おう】動詞

使い分けの視点

「追う」は対象へ向きを保つ動作で、到達を保証しません。「尾行する」は隠れて人につき、「追跡する」は痕跡も対象にします。「迫る」は距離が縮む側から描き、「追い詰める」は逃げ場を奪います。夢を追う場合は姿勢の持続が中心です。

同義語

同品詞の類義語

追跡する
尾行する
迫る文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

跡を辿る文芸的
行方を探る
影を踏む文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

猟犬のような
影のように文芸的
糸を手繰るような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

執拗に
ひたすら
ぴったりとcolloquial

体言的言い換え

用言を体言に変換

追跡
尾行

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

背中を目で追う
跡を嗅ぐ文芸的
追い詰める

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

追記エッセイ関連

例文: 古い航海日誌の追記が、船の本当の目的地を明かした。

しんにょうの右上に何がいるか——相手の名前が書き込まれた字

しんにょうの右上に載っている部分について、字書は一つの答えを出していません。軍隊を表したとする説、小高い土地を表したとする説があり、どちらもそれなりの根拠を持っています。判断は保留するとして、目を引くのは並べたときの構図のほうです。同じしんにょうに豕、つまり豚を組み合わせた「逐」という字がある。獣を追うのが逐、人や軍を追うのがもう一方だという説明は古くから行われてきました。断定はできませんが、字の内側に、追われる相手の正体が書き込まれているという見立ては魅力的です。

熟語の分布にも、その区別の名残らしきものが見えます。角逐、駆逐、逐鹿。一方に、追撃、追随、追尾。ただし現代の日本語で、この二つを使い分けている書き手はほとんどいないでしょう。区別があったとしても、それはとうに消えて、字面の古めかしさの差だけが残っている。語源が現在の使用に生きているかどうかを混同しないよう、ここは切り分けておきます。

熟語を眺めていて、別のことに気づきます。追加、追記、追認、追悼、追伸、追試。これらの追は、誰の後ろも走っていません。すでに済んだ事の、あとから来るという時間の意味だけを担っている。空間の前後が時間の前後へ写されるのは言語で広く見られる現象で、日本語の「前」自体がそうです——進む方向を指す空間の前と、過ぎ去った側を指す時間の前は、向きが逆になっている。その混乱含みの写像の中で、この字は一貫して「あとから」の側に立ち続けている。

読みのほうにも分岐が残っています。この字を含む熟語には、同じ表記で二通りに読めて、読みによって意味が変わるものがある。追従を「ついしょう」と読めば相手にへつらうことを指し、「ついじゅう」と読めば後についていくことを指す。字面は一字も違わないのに、片方には卑屈さの評価が入り、もう片方は動作の記述にとどまる。書き言葉ではこの区別が表面に出ないので、文脈だけが読者に読みを指定する。表記が意味を担い切れず、音のほうへ仕事を預けている珍しい状態です。

和語の側は、複合の形に力関係が沈んでいます。追いつく、追い越す、追い払う、追い出す。つく、越す、払う、出す。どれも、追う側が相手に届くか、相手を場所から動かせることを前提にしている。追い風という語まで、後ろから押してくる側に立つ。漢語の追には距離が縮む保証がないのに、和語のほうは接触の可能性を最初から抱え込んでいる。同じ字を書いても、読み方によって力の配分が違う。しかも和語のほうは、後ろに何を付けるかで結末まで指定してしまう。追いつく、で終われば距離はゼロになり、追い払う、で終われば相手は視界から消える。単独で置かれたときだけ、結末が宙に浮いたままになる。

ここで引っかかることがあります。この語が力関係を含むなら、夢を追う、という言い方はなぜ成立するのか。夢は逃げないし、追い越すこともできず、届いた瞬間に対象ではなくなる。おそらくこの用法では、対象の側の性質がすべて脱落して、主体が向きを保ち続けているという事実だけが残っている。届かないことがあらかじめ織り込まれた追跡です。そう考えると、この語が本当に扱っているのは距離ではなく、距離を縮めようとする姿勢が続いた時間のほうで、字の右上にいた軍勢も、豚を追う足も、そこでは要らなくなっている。

文: hakadoru.ai 編集部

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