笑う

【わらう】動詞

使い分けの視点

笑うは笑いという出来事の広い範囲を覆う上位語で、情報量が少ないぶん地の文に溶け込み、基調に向きます。破顔する、にやつく、喜色のように笑いの向きや含みを特定する語は、珍しいぶん目立つので、その笑いが持つ意味が覆せなくなったときだけ出すのがよいでしょう。強度の軸だけではこの語群は一直線に並ばないため、どの軸で笑いを選ぶのかを毎回決めるのが選び分けの要点です。

同義語

同品詞の類義語

破顔する文芸的
浮かれる
綻ぶ文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

頬を緩める
目を細める
歯を見せる
顔を崩す

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

花が開くような文芸的
春が来たような文芸的
光がこぼれるような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

にこやかに
朗らかに文芸的
楽しげに

体言的言い換え

用言を体言に変換

喜色文芸的
歓声
愉悦文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

にやつくcolloquial
目尻を下げる
口元をゆるめる

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

苦笑する

例文: あまりに分かりきった弟の言い訳に、兄は苦笑するしかなかった。

例文: 講堂では誰も声に出さず、ただ後ろの列の誰かだけが、そっと嘲笑う。

大笑いする

例文: 話の落ちがつくと、二人は大笑いするのを止められず、声は廊下にまで響いた。

一直線に並ばない語群——比較できない対を持つということ

八つの言い換えを持つ語が、一つの場面に三回出てくるとします。毎回どれを選ぶかを自由に決められるなら、組み合わせは八の三乗で五百十二通りある。ところが実際に書いてみると、選べる並びはこの中のごく一部です。同じものを三回続けると芸がなく、毎回変えると狙いすぎに見え、順番によっては人物の感情が上がったり下がったりしてしまう。数え上げた総数と、使える総数の差が、そのまま語感と呼ばれているものの正体に近い。

この語群を強度の順に並べようとすると、途中で並ばなくなります。微笑む、笑う、大笑いする、という列は、たしかに一本の鎖として順序が付く。ところが苦笑する、嘲笑する、失笑するといった語は、この鎖のどこにも挿し込めません。強いとも弱いとも言えないからです。数学では、任意の二つの要素が必ず比較できる順序を全順序、比較できない対の存在を許す順序を半順序と呼びます。半順序は、反射性・反対称性・推移性は満たすけれど、すべての対について大小が決まるとは限らない。この語群は明らかに後者です。強度という一本の軸のほかに、笑いの向き先や、当人の意図といった別の軸が同時に走っている。

置き換えの可能性についても、直感に反する性質があります。「破顔した」と書かれた箇所を「笑った」に替えても、たいていの文は成立する。しかし逆に「笑った」を「破顔した」に替えると、多くの場合、文が急に力む。つまり置換可能性は対称ではない。類義語の関係を、向きのない線で語と語を結んだ図として思い描くと、この非対称は書き込めません。必要なのは、一方へは引けて逆へは引けない矢印を区別できる図のほうです。先ほどの半順序の反対称性は、まさにその条件を述べたものでした——双方向に矢印が引けるのは、二つが同じ位置にあるときだけである。類義語辞典を平らな地図として読むと、この向きが失われます。

なぜ非対称になるのかは、上位と下位の関係で説明が付きます。この語は、笑いという事象の広い範囲を覆う上位の語で、他の多くはその下に位置する。上位の語は情報量が少ない。情報量の観点では、起こりやすい事象を伝える記号ほど、運ぶ情報は小さくなります。だから上位の語は、何度使っても読者の注意をほとんど消費しません。地の文で「笑った」が五回出てきても気づかれないのに、「破顔した」が三回出てくると読者が気づくのは、単純にそれが珍しいからです。珍しさは、そのまま目立ちやすさに換算されます。

この二つの性質を合わせると、選択の設計が具体化します。基調は上位の語に置き、覆えない情報——向き、意図、含みのある笑いかた——が生じたときにだけ下位の語を出す。半順序であることを踏まえれば、強度を上げるつもりで別の軸の語を選んでしまう事故も減ります。苦い笑いは大きい笑いの手前にあるのではなく、そもそも別の方向にある。五百十二通りの中から一つを選ぶ作業は、実際には、どの軸で語を動かすつもりなのかを毎回決める作業です。

文: hakadoru.ai 編集部

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