壮大

【そうだい】形容動詞

使い分けの視点

「壮大」は山河や建築だけでなく、まだ実現していない計画の規模も示します。「豪壮な」は建物の華やかな威容、「雄渾な」は力強く伸びやかな趣、「途方もない」は現実離れした大きさに向きます。年数、人数、距離など共有できる寸法を先に置けば、空疎な予告になりません。

同義語

同品詞の類義語

雄渾な文芸的
豪壮な文芸的
スケールの大きいcolloquial
途方もない

類義句

同品詞の慣用的言い換え

天を衝く文芸的
目を見張る
度肝を抜くcolloquial

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

大伽藍のような文芸的
叙事詩のような文芸的
交響曲のような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

雄々しく文芸的
大きく構えて

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

度肝を抜くcolloquial
圧倒する

体言的言い換え

用言を体言に変換

大景観文芸的
巨大スケールcolloquial

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

息を呑むほどの
目を奪うほどの

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

千人が十年かけて築くエッセイ関連

例文: 千人が十年かけて築く水道橋の図面を、若い技師が議会へ広げた。

まだ建っていない建物の大きさ——寸法が共有物になった時代

縮尺の付いた図面があれば、まだ一本の柱も立っていない建物について、それが大きいかどうかを他人と言い合うことができます。図面は現物の縮小版ではなく、寸法という一点だけを先に取り出して紙の上に固定したものです。この仕組みが行き渡ると、大きさの話は現物を見た者だけの特権ではなくなる。見ていない者どうしが、大きさについて合意できるようになります。測量、製図、見積、工程表。近代がひととおり整えたのは、そういう手続きの束でした。手続きが揃った社会では、規模はまず数として流通し、感嘆はその後から来ます。

そこから振り返ると、規模を言うこの語の使われ方に、ある移動が見えてきます。漢籍に由来する古い語で、山河や宮殿や城郭を修飾する形は昔からありました。近代に入って目立ってくるのは、計画、構想、事業といった名詞との結びつきです。印象の域を出ませんが、現在この語を見かける場所の多くは、実物ではなく、これから作られるもののほうにある。存在していないものの大きさを言う言い方が、ごく普通になっている。似た意味に見える巨大が、ほとんど実物にしか付かないのと対照的です。巨大な計画とはあまり言わない。

ここで自分の見立てに反論を出しておきます。存在していないものを修飾するのが新しいというなら、志を修飾する用法はどう扱うのか。壮大な志という言い方は近代の発明ではなく、志もまた存在しません。未存在という切り口では、新旧の線が引けない。図面の話が説明しているのは、どうやら別のことです。

引き直すと、線は共有可能性のところに来ます。志は個人の内面にあって、大きさを測る物差しが本人の外にない。聞いた側は、その大きさを本人の言葉と態度を通してしか受け取れません。信じるか信じないかという受け取り方になる。計画は違います。測量が土地に数を与え、製図が形に数を与え、見積と工程が費用と時間に数を与えると、大きさが本人の外へ出て、誰でも同じ数を読める状態になる。近代が用意したのは大きな対象ではなく、大きさを他人と共有する手続きのほうだった。そう考えると、この語が計画や構想へ寄っていったことに理屈が付きます。感嘆の言葉が、合意の言葉に半歩近づいた。半歩にとどまるのは、数そのものではなく数への態度を言う語のままだからです。

創作の場面に持ってくると、これは扱いに注意が要る語だとわかります。壮大な物語と紹介するとき、書き手は読者に対して、まだ立っていない建物の図面を渡す約束をしている。約束である以上、履行が要る。何年にわたるのか、何人が動くのか、どこからどこまで移動するのか。寸法が出てこないまま形容だけが続けば、読者は図面を渡されなかったことに気づきます。逆に、寸法が先に置かれていれば、この語を書かなくても規模は伝わる。書かずに済んだときが、たぶんいちばんうまくいっている。この語は描写ではなく——これから測ってみせるという宣言に近い。

文: hakadoru.ai 編集部

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