多い

【おおい】形容詞

使い分けの視点

「多い」は数や量が文脈上の基準を上回ることを示し、それ自体では豊かさか負担かを決めません。「夥しい」「数えきれないほどの」は圧倒される量を、「豊富な」「ふんだんに」は恵まれた充足を表します。「多くの人」と「人が多い場所」の形を使い分け、何を誰の基準で数えているかを場面に置きます。

同義語

同品詞の類義語

夥しい文芸的
膨大な
豊富な

類義句

同品詞の慣用的言い換え

数えきれないほどの
山のようなcolloquial
てんこ盛りのcolloquial

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

雨あられのような文芸的
溢れんばかりの文芸的
蟻の群れのような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

ふんだんに
盛り沢山にcolloquial
ぞろぞろとcolloquial

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

ひしめく文芸的
溢れ返る
山積する文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

多数
群れ
膨大量文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

うんざりするほどのcolloquial
呆れるほどの
掃いて捨てるほどのcolloquial

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

百件の通知に沈む朝エッセイ関連

例文: 百件の通知に沈む朝、役人は最も古い救援要請をようやく見つけた。

「おほし」から情報過多まで——多さを測る語の時間

歴史的仮名遣いで「おほし」と書かれた形容詞は、現代語では「多い」と書き、「おおい」と発音します。表記上のホが現在の長いオへ対応する変化は、「大きい」の古い形などにも見られます。語形が変わっても、ある集合や量が基準を上回るという働きは続いてきました。ただし、何を数え、何を基準にするかは社会とともに増えています。人、雨、財産だけでなく、通知、データ、選択肢まで、この形容詞が受け持つ対象になりました。

古い用法を現代へ直すとき、単純に字面だけ置換できない場合があります。形容詞の活用体系が異なり、古語の連体形や已然形は現代語と同じではありません。現代の「多い」は終止でも連体でも同じ形に見えますが、「多かろう」「多かった」「多ければ」と語尾を変える。音の歴史と文法の歴史は別々ではなく、頻繁に使われる語の中で重なって進みます。歴史物の台詞へ古形を一語だけ飾るなら、周囲の活用や語順との釣り合いも必要です。

意味の対象も拡張しました。物質なら「水が多い」、可算のものなら「客が多い」、出来事なら「事故が多い」、抽象物なら「余白が多い」と言えます。印刷物、統計、通信が生活へ入り、比較可能な件数が可視化されるほど、「多い」が掛かる領域も広がったと考えられます。現代の「情報が多い」は豊かさにも負担にもなり、肯定・否定の評価を語自身は決めません。かつての豊饒を表す多さと、処理しきれない過剰が同じ形容詞に同居します。

「多くの人」と「多い人」には統語上の差があります。前者は多数の人々を指し、後者は「経験が多い人」のように、何が多いかを別に補うのが普通です。「人が多い場所」なら、節全体が場所を修飾します。日本語では数量を表す形容詞が、そのまま名詞の前へ置ける場合と、「多くの」という形を取る場合がある。この非対称は長い使用史の中で定着した語法で、創作でも「多い兵士」のような不自然な直訳を避ける手掛かりになります。

時代を描くなら、数そのものより、人物が何を多すぎると感じるかを見るとよいでしょう。手紙が月に一通なら待望され、通知が一日に百件なら遮断したくなる。城下の群衆、工場の製品、都市の広告、端末の記録——各時代の多さには、それを数えたり運んだりする制度と技術があります。通時的な用法を比べるには、年代の異なる資料を同じ量だけ集め、後ろや前に現れる名詞を分類する方法があります。ただし現存資料は時代ごとに種類が違い、古い手紙と現代の会話記録を単純な頻度で比べることはできません。書き残されやすい文章の偏りを考える必要がある。「人が多い」から「情報が多い」への広がりを確かめるなら、語の総数に対する割合と、資料のジャンルを併記したい。比較の基準自体も時代によって動きます。「多い」は古くからある平易な形容詞ですが、後ろに置かれる対象は歴史の索引です。基準を超えた量を書くたび、その社会が何を蓄積し、何に圧迫されているかが現れます。

文: hakadoru.ai 編集部

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