おんおん

【おんおん】感動詞

使い分けの視点

おんおんは、大人が声をあげて泣く場面に残された数少ない選択肢のひとつです。撥音で閉じる音が声を喉の奥にこもらせ、こらえても漏れる嗚咽の分節をそのまま写します。濁点で増幅できない語なので、大きく泣かせたいときは「泣きじゃくる」のように動詞の側で支えます。泣き声の擬音語は一場面に一度が限度で、繰り返せば急速に安くなります。二度目を書きたくなったら、肩の動きや息継ぎの間隔に語らせてください。

同義語

同品詞の類義語

わんわんcolloquial
ぎゃあぎゃあcolloquial
うおんうおん
ああ文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

号泣せんばかりに文芸的
声を放って文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

うう
おお文芸的
ひいひいcolloquial

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

例文: おいおいと泣く声が廊下の向こうから近づき、やがて扉の前で止まった。

泣きじゃくるエッセイ関連

例文: 泣きじゃくる背中に、誰かがそっと外套をかけた。

濁らせられない泣き声——畳語「おんおん」の造りを分解する

大人が声をあげて泣く場面は、書く側にとって存外難しいものです。子どもなら泣き声の擬音語はいくらでも持ち駒があります。けれど大の大人が肩を震わせ、喉の奥から声を押し出して泣くとき、その音をどの文字で写すか——候補は意外なほど少なく、「おんおん」はその数少ない選択肢のひとつとして、近代以降の小説で使われ続けてきました。

語の造りはきわめて単純で、「おん」という短い音を二度重ねた畳語です。日本語の擬音語・擬態語は、この重ね型を造語の基本の鋳型にしてきました。同じ音を繰り返すことで、出来事が一回では終わらず、波のように反復していることを示す——「ころころ」「しとしと」「ざあざあ」まで、この原理は一貫しています。つまり「おんおん」は、泣き声が何度も押し寄せて止まらないさまを、意味の説明より先に、語形そのもので写していることになります。

では基の「おん」はどんな音でしょうか。母音「お」は口の奥のほうで丸く構える音で、擬音語の世界では低く太い響きの描写に好んで使われます。そして末尾の撥音「ん」が効きます。唇や舌でいったん口を閉じ、息を鼻へ抜きます。この閉鎖が、声が外へ放たれきらずに喉と口の中でこもる感じを引き受けていると考えられます。同じ泣き声の「おいおい」と並べると差がよく見えます。「おいおい」は母音「い」で開くぶん、声を外へ放つ泣き方です。撥音で閉じるほうは、こらえてもこらえきれずに漏れる泣き方になります。泣き声の擬音語には「ああ」「うう」と母音を引き延ばすだけの型もありますが、あちらは慟哭の叫びに寄ります。撥音でいちいち区切るこの形は、声が出ては詰まり、また出るという嗚咽の分節を、そのまま拍の構造に写しています。

もうひとつ、この語には濁点の付けようがない、という見落としがちな特徴があります。擬音語では清音と濁音が対をなし、濁ると重く大きく粗くなるのが通例です。「ころころ」と「ごろごろ」、「さらさら」と「ざらざら」がその例にあたります。ところが「おんおん」は母音と撥音だけでできていて、濁らせるべき子音を最初から持ちません。音を強めたくても増幅の余地がなく、大きく泣かせたければ「おんおんと泣きじゃくる」のように動詞の側で支えるしかありません。この増幅のきかなさが、結果としてこの語の品位を保ってきた、という見方もできそうです。共起の面でも同じことが言えて、この四拍は「と」を伴って動詞に係る形がほとんどを占め、台詞として単独で立つ例はあまり見かけません。

実作では、泣き声の擬音語は一場面に一度が限度でしょう。繰り返せば急速に安くなります。一度だけ書いて、あとは肩の動きや息継ぎの間隔、途切れる言葉の切れ端に語らせ、声そのものは読者の耳の中で再生してもらう。畳語という形式が反復を最初から抱え込んでいるのですから、地の文の側でさらに重ねて反復する必要はない。それが、この小さな語の造りに対するいちばん実務的な敬意だと思います。

文: hakadoru.ai 編集部

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